一
「見つけたっ」
闘鶏師の仲間は四人だった。
逃げようにも三囲の土手で見通しである。あっとまごついている間に庄次郎は取り巻かれていた。しかし、とにかく相手を侍と見て、彼らもにわかに飛びついてくるような喧嘩《けんか》下手《べ た》はやらない。皮を剥《む》くように二の腕の刺青《いれずみ》をたくし上げて、
「野郎っ」
ふくんだ底力でまず姿勢を揃えたうちの一人が云う。どれもこれも商売がら軍鶏《しやも》に似て鋭い眼つきをしている。殺気はそれだけでも十分に庄次郎の胆《きも》を寒からしめた。庄次郎は、どうしようかと思った。
「やい、俺たちの面《つら》を、まさか忘れやしめえな」
突き出した禿安《はげやす》の顔へ、庄次郎は蒼《あお》ざめたかぶりを振った。
「知らん。何か……人違いだろう」
「ふざけるなッ!」
と云う声は横から来た拳《こぶし》と一緒だった。庄次郎の鬢を外《はず》れて前へのめッて行く。その腰ぐるまを無意識に彼の足が蹴飛ばした。
どぼん——と河の中から今の男が土手へ飛沫《しぶき》を送って、不覚な声を泡《あわ》と一緒に揚げていた。残った三人は、
「うぬッ」
これは呼吸《い き》が合ってほとんど同時に庄次郎の脚をつかみ、一人は後ろから首を締め、一人は、横顔を三ツ四ツつづけさまに撲《なぐ》りかける。
ごろんと、一人がもンどり打って、庄次郎の髪が逆《さか》さに立った。そして、脚を持たれた男と同体に庄次郎も鳥居の下へ横ざまに倒《たお》れた。
「やりやがッたな!」
脇差を打《ぶ》ッ放して、跳びついてきた男の脛《すね》を、足業《あしわざ》でパッと払って、自分は鮮《あざ》やかに立っていた。庄次郎は爽快な熱さに顔を赤くしていた。自分の腕力に初めて自信をとりもどしたように、
「まだ参るかッ」
一喝《いつかつ》すると、
「野郎ッ、忘れるなッ」
草履を拾って、禿安も他の者も、わらわら逃げてしまった。
今、渡舟《わたし》を下りた人々だの往来の者は、彼の赤い顔へ、英雄を仰ぐような眼を瞠《みは》って、がやがやと称《ほ》めていた。
それに気がつくと、庄次郎は、また、まごまごした。脚下《あしもと》に落ちていた畳《たた》み手拭を拾って懐中《ふところ》に入れると、間《ま》の悪そうな顔を反向《そむ》けて、小梅村の家の方へ一目散に帰って行った。