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技巧的生活20

时间: 2018-12-06    进入日语论坛
核心提示:   二十 タクシーの中で二人になると、油谷が言った。「きみ、噛み付きはしないだろうね」「まだ心配しているの。もっとも噛
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    二十
 
 
 タクシーの中で二人になると、油谷が言った。
「きみ、噛み付きはしないだろうね」
「まだ心配しているの。もっとも噛み付き方にもいろいろあるけれど」
 ゆみ子はそう言うと、笑いながら、
「油谷さん、いたいたしいから、つき合ってあげているのよ」
 彼は苦笑し、
「だいぶオトナになったね。しかし、やはりよう子は、そうなのか」
「何がそうなのか、分らないわ」
「よう子にはこわいヒモが付いている気がするのだが、きみは聞いていないか」
「油谷さん、よう子と、一度つきあったのね」
「…………」
「それで、許してもらえていたわけなのね。無邪気な、犬好きの少年だったのね」
「だが、ときどきよう子にかかってくる電話は、何だろう」
「やはり、油谷さんも気が付いていたのね」
「バーテンの今夜の態度は、何なのだろう」
「よう子さんは、木岡さんのことをメッセンジャー・ボーイみたいなもの、と言っていたけれど」
「メッセンジャーか。よう子とヒモとの連絡係とでもいう意味なのかな」
 タクシーは、ゆみ子の部屋のある町に入っていた。車を降りると、赤紫色のホテルのネオンが眼の前にあった。
「かまわないだろう」
 入口で、油谷が言い、ゆみ子は頷いた。三ヵ月前の記憶に、ゆみ子は縋《すが》り、
「何とかなる……」
 とおもった。しかし、無事にホテルを出たとして、それが何とかなったことといえるのか、と問い返す声をこの夜のゆみ子は聞いた。三ヵ月前には、身を守ることしか頭の中には無かったのだが。
 待っている部屋よ、というよう子の声が思い出された。つつましく身を守って、窓際で糸を紡ぎながら待っている。白い馬に跨がった王子さまが迎えにくる……、そんなお伽噺《とぎばなし》があったかしら。眼の前に、油谷の肥満した腹が見えた。端正な姿勢と対照的なみにくさで、それがいまの自分にふさわしい、とゆみ子はおもった。
 白いワイシャツに包まれたその腹は、畳の上に立っているゆみ子にゆっくりと迫り、ゆみ子の背が壁に貼り付いた。行き場のなくなったゆみ子の躯を、その腹が押し、部厚い肉の塊の感触が伝わってきた。その感触は、なまなましいが、やや滑稽でもあった。
「今夜は、もう騙されないぞ」
 むしろ、陽気な声である。そして、彼は大きな腹を左右にぐりぐり動かして、ゆみ子の躯に押当てた。その中年男の腹の感触から、不意にゆみ子は腕白小僧をおもい浮べ、心に余裕が生れた。
 その余裕を、ゆみ子はふしぎなもののように眺めた。こういうときに余裕ができるのが、「銀の鞍」に勤めてから三ヵ月経ったということか。そうおもったとき、二年のあいだ男の躯に触れていないことを、なまなましく感じた。躯の感覚として、その事実がゆみ子の手足の先まで拡がっていった。
 その瞬間、ゆみ子の躯は宙に浮いた。油谷が躯をかかえ上げたのだ。ゆみ子の腰は彼の肥満した腹の上に載る形になっていたが、滑稽さは消えて、逞しい男の腕をゆみ子は全身で感じていた。その二本の腕は、ゆみ子を布団の上に運び、荒々しくその上に投げ出した。
 布団の上に落ちた形のまま、ゆみ子は待った。待ちながら、咄嗟の計算が働いた。木岡に誘われた場合にも、こういう形になることから逃れられなかっただろう。逃れられぬものが、ゆみ子自身の躯の中で動いている。木岡と油谷と、どちらの場合が有利だったろうか。取引として有利、というほどはっきりした考えではない。もっと漠然とした損得の感じである。
 油谷は厭な相手ではない。気がかりな存在になっていたことを思い浮べ、「いたいたしいから許してあげる」という油谷の言葉を思い浮べ、ゆみ子は眼を閉じて待った。油谷の手が、ゆみ子の衣服を脱がせてゆく。丁寧に、料理する慎重さで、脱がせてゆき、ゆみ子は皮を剥がれてゆく気持になった。その気持が、自虐の快感につながってゆく。
 しかし、二年間一人で過した月日が、ゆみ子の躯を少女のものに戻していた。苦痛があり、顔が歪んだ。
 油谷に、躊躇《ためら》いが起った。
「きみ、まさか……」
 彼の躯は萎《な》えていた。焦る色があらわれ、一層萎えた。
「いたいたしいから、許してあげる」
 余裕のある口調で彼は言おうとしたのだが、弁解の調子になった。間の悪さを誤魔化しているようにも聞えた。
「許してくれなくてもいいのよ」
 油谷の考え違いを利用する気持は起らず、むしろ少女と思い込ませることに嫌悪を感じた。
「しかし、きみ」
「ばかね。そんなのじゃないわ」
「…………」
「抱いてあげるわ」
 ゆみ子は躯を横に向けて、彼の大きな躯を引寄せた。油谷は安全な男になっていた。男のにおいと男の躯の感触を、ゆみ子は懐しく感じた。安全さが、その懐しさを一層強くした。
「これが一番よかったんだわ」
 とゆみ子はおもい、何の変化も起らずに済んだのだ、とおもった。アパートの四畳半の部屋を思い浮べ、あの部屋に住みつづけることができる、とおもい、少女のようになっていた自分の躯と部屋のたたずまいを、けなげなものとして受取った。
「待っている部屋だわ」
 よう子の声が、ふたたび耳の奥で鳴り、
「まだ、待っているのか。いったい、何を待っているのか」
 と、自分に問いかけた。自嘲と自虐の気持が鋭く躯を通り抜け、
「抱いて」
 と彼の耳もとでささやくと、強く躯を押付けた。しかし、彼は依然として安全な男のままであった。
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