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技巧的生活39

时间: 2018-12-06    进入日语论坛
核心提示:   三十九 バーテンの木岡は、二度とゆみ子を誘うことはなかったが、彼女はいつも自分に向けられている測る眼を感じていた。
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    三十九
 
 
 バーテンの木岡は、二度とゆみ子を誘うことはなかったが、彼女はいつも自分に向けられている測る眼を感じていた。
 よう子からも、ゆみ子は測る眼を感じた。木岡の誘いは、よう子と相談の上でのことと考えられる。
 ある夜、よう子がゆみ子に声をかけた。
「ゆみちゃん、お店が終ってからお食事につき合ってくれない」
 閉店後、いつも一人で姿を消してしまうよう子としては、異例の誘いである。ゆみ子は、身構える心持になったが、異例のことと感じた動揺で、咄嗟に断りの言葉を出しそこなった。
 麻布六本木界隈には、深夜に店を開いている小さなレストランが散在している。そのうちの一軒で、よう子とゆみ子は向い合って坐っていた。よう子は運ばれてくる皿にほとんど手をつけず、眼に熱っぽい物憂げな光がある。
「元気がないみたいね」
 ゆみ子が言い、よう子が億劫そうに答えた。
「だるいの。……ゆみちゃん、あたしが妊娠しているの、知っているわね」
 ゆみ子は一瞬、躊躇《ためら》った。木岡の誘いの返事を、あらためて問い詰められている心持になったからだ。ゆみ子は、まともな受け答を避けた。
「だから、だるいのね」
「今夜は、ひどくだるいの。いつもと違った感じなのよ」
 ゆみ子は顔を伏せ、皿の料理を口に運んでいた。耳は、鋭くよう子の次の言葉を待っている。
「一人でいるのが、なんだか心細いの。だから、ゆみちゃんに一緒にいてもらいたかったの」
「それなら、はやく帰って、休めばいいのに」
「それが、できないのよ。これから、会わなくてはいけない人がいるの」
「こんなに遅くに」
「一時に……」
 と、よう子は手首をかえして腕時計を調べ、あるホテルの名を言い、
「ロビーで会うことになっているの」
 言い終ると、肩を落して億劫そうな溜息を洩らした。たとえ、ゆみ子にたいして企んでいる演技と見做すとしても、それだけではなく真底大儀そうにみえた。皮膚の艶のないことを意識してであろう、平素より濃い目に化粧した顔の眼のまわりに、疲労があらわに浮び上っている。
 ホテルのロビーでは、中年の金持の紳士がよう子と落合う段取りがつけられている、と考えてよいのだろう。疲労したよう子の躯を、約束の場所に押しやる男の強い手を、ゆみ子は感じ取る。その強い力を、手応えなく吸い取ってしまう平素の強靱な躯と、いまのよう子の躯とは違うようにみえる。どこまでも女になれるしたたかさ、と油谷を歎息させたよう子と、眼の前にいるよう子とは、別人のようだ。
 いま眼の前にいるよう子は、男によって酷使され、搾《しぼ》り滓《かす》のような躯になっているありふれた女にすぎないようにみえる。しかも、その男の子供を産もうとしている女である。
「ねえ、ゆみちゃん、お願い、一緒についてきて……」
「いいわ」
 おもわず、承諾の言葉がゆみ子の口から出た。そのとき、よう子の眼が、一瞬、するどく光った。
 罠なのか、とゆみ子がふたたび身構えたときには、すでによう子は立上っていた。
 午前一時のホテルのロビーは、閑散としていた。広いロビーで、奥の植木鉢の陰のソファから立上る男の姿が、小さく見えた。彼は立上ったまま、顔をよう子たちのほうに向けている。
 そのとき、よう子が立止った。ゆみ子の手首を握りしめて、喘《あえ》ぐ声で耳もとでささやいた。
「あたし、今夜はどうしても駄目だわ。ゆみちゃん、一生恩に着る……。あたしと替って」
 よう子の態度を演技と感じ、罠を設《しつ》らえる木岡の手を感じ取ったゆみ子は、はげしい憤りに捉えられた。ゆみ子は、これまでの人生で二人の男しか知らない。そして、最初の男の子供を産むことができなかったし、また、油谷の子供を孕《はら》んだとしても、産むことはできない。それなのに、よう子は数えきれぬ男と関係をもっていながら、一人の男のために子を産む準備をしている。そういうよう子の身替りになることを理不尽とおもう気持も、その憤りの中には含まれていた。……自分はたった二人の男しか、知らないのに。おもわず、はげしい言葉が、口から出た。
「厭、そんな淫売みたいな……」
「え」
 よう子の眼が、大きく見開かれた。その眼に強い光が現れた。ゆみ子は口から出てしまった言葉に、怯えていた。どのような烈しい言葉が出てくることか、とよう子の赤く光った唇を見詰めて、躯を堅くした。その瞬間、よう子の眼が不意に光を失ってうつろになった。
 二つの唇がわずかに離れたが、言葉は出ず、崩れるように床にうずくまった。床に横倒しになるのをおそれて、ゆみ子はよう子の躯を支え、その顔を覗きこんだ。よう子が失神しかかっているのか、とゆみ子はおもったが、よう子は唇を噛み、懸命に耐えている表情になっている。
 ふとゆみ子は気付いた。うずくまったよう子の足の下、赤い絨緞の上に小さい汚染《し み》ができ、それがしだいに大きさを拡げてゆくのが、ゆみ子の眼に映った。
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