数日前、対談を終えて銀座の会場の裏手にあるバーへ行ってみると、鍵《かぎ》のかかったドアに貼紙《はりがみ》がしてあった。
『管工事のため本日休業いたします』
連れの男と三人、その貼紙をみてしばらく笑った。店の中で働いているのがおもに女性なので、その文句が甚だオカしい。
「なにも、律義にクダ工事と書かなくてもなあ」
「店内修理のため、とでも書いておけばいいのにな」
数日後、その店に行って、さっそくカラカウのだ。
「みなさん、クダの工事はもう完成しましたか。具合はよろしいですか」
女性たちは、声を出して笑ったり苦笑したりしている。次の店へ行くと、一カ月ほど病気欠席していた女の子が出勤している。
「きみ、長いこと顔を見せなかったけれども、どうかしたの」
と、連れの男がまともな質問するので、私が替りに答える。
「このかたも、管工事でしてね。なんですか、縦についていることに倦きたので、工事して横に裂け目を変えてみたのだそうです」
その店で出会って一緒になった友人が、阿呆らしいことを付け加える。
「ついでに、歯も生やしてみたそうで……。そおっと軽く噛むようにつくったので、結構な刺激《しげき》がつたわってくるそうです」
「しかし、工事は完成したがまだ試運転をしていないので、軽く噛むようにつくったつもりが、強くガリッとなってしまって、噛み切られるオソレがある」
「熊の仔《こ》を飼っているうち、しだいに大きくなった熊にガブッと噛まれてしまうことは、よくある話だな」
そんな会話をして騒いでいると、となりの女が口をはさんだ。
「ホテルのベッドのマットレスの下に、木の枠《わく》があるでしょう」
「そういえば、あるな」
「ホテルって、動物を連れて行っていいのかしら」
「人間という動物のほかは、禁止されていると聞いているがなあ」
「でしょう……、それなのに、どうしたのかしら。いつか大阪のホテルに泊まったら、その木の枠に物凄《ものすご》い歯型がついていたのよ」
ホテルに泊まっても、ベッドの枠など見たことがないので、私は驚いた。
「それは、枕もとの木のところではないんだね」
「そうよ、マットレスから何センチか下の枠のところについてたの」
「しかしきみはなぜ、そんな場所に視線が行ったのかね。そんな場所に気が付くためには、四つん這《ば》いで覗《のぞ》きこむか、床《ゆか》の上から見上げるしかないよ」
「ともかく、あんな凄い歯型って、人間の歯でつくものかしら」
「火事になると、女は馬鹿力を出してタンスを持ち上げるというからねえ」
私は果物が好物だが、林檎だけはあまり好まない。しかし、中身に半透明の箇所のあるものは「蜜《みつ》が入っている」と称して、これは旨い。
リンゴは丸かじりにしないと、味が落ちる。しかし、ベッドをかじったっておいしくはない。おそらく、おいしいことのあった結果、木の枠をかじることになったのだろう、と推察している。