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今日からマ王1-6

时间: 2018-04-29    进入日语论坛
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 横切ったのは鳥だった。
 環境汚染《かんきょうおせん》されていない朝の空気を思い切り吸おうと、部屋《へや》の窓を開けたとき、サファイアブルーの羽とオレンジ色の長い尾《お》を持つ鳥が、バルコニーのすぐそばを横切った。美しい姿と、「エンギワルー!」いやな鳴き声。
 朝食は各自でとってもいいらしく、部屋に運ばれてきたパンやチーズを、おれは非常識なくらい腹に詰《つ》め込んだ。体育会系の食事なんて、ここだけのはなし質より量だ。最高級素材のモルトブロートより、百円の菓子パン食い放題に惹《ひ》かれる。だから昨夜のレアステーキなんか、燃料の足しにもなりゃしない。
 主食だけでも三人前はたいらげたあたりで、ギュンターがげっそりとした顔で現われた。髪《かみ》も服も彼らしくきっちりしているが、赤くなった目の下にはくまができている。四杯目の牛乳に紅茶を入れながら、おれは、おはようと右手を上げた。
「おはようございます陛下。ご機嫌《きげん》がうるわしいようで、何よりです」
「あんたはご機嫌うるわしくなさそうだね。ろくに寝《ね》てないって顔してるよ」
「はい、本日の……決闘《けっとう》のことを考えておりましたら、よい案も浮《う》かばぬままに夜が明けてしまいました……」
「そいつに関しては、おれもちょっと考えたよ」
 一生|懸命《けんめい》考えた結果、もうこれ以外にないでしょうという作戦に辿《たど》り着いたのだ。これで負けたら勝てる種目はない、いわばおれにとっての最終兵器だ。
「コンラッド起きてっかな、借りたいもんがあるんだけど」
「今朝早くに、調達するものがあるとかで街に出掛《でか》けましたが、正午までには戻《もど》るでしょう。それより陛下、どうなさるおつもりですか? ヴォルフラムは兄二人よりは華奢《きゃしゃ》ですが、ああ見えてなかなか剣《けん》も立ちます。炎術《えんじゅつ》においては母方の血を引いて、この国でも有数の使い手です。迂闊《うかつ》な方法で挑《いど》まれては……」
 当事者以上に沈痛《ちんつう》な声で、ギュンターは言葉をつまらせた。
「そんなに深刻な顔されてもなぁ。だって昨日、滅多《めった》に死なないって言ってたじゃん」
「申しました、確かに、申しましたが……」
「おれだってどう考えてもかなわないような、剣とか魔法《まほう》で勝負する気はないよ。そこら辺は戦術、戦術っ。相手の裏をかかないとさ」
「では一体、どのような武具で……」
 あっというまに太陽が真上にきて、正午を報せる管楽器が鳴った。これを機に時刻を合わせようかと、アナログGショックをいじってみる。しばらくそうやって時間をつぶしてから、急《せ》かすギュンターを従えて部屋を出た。街から戻ったコンラッドには、入り用なものを借りてある。
 約束どおり中庭に出ると、哨兵《しょうへい》は最小限に減らされて、プライベートな勝負の様子が漏《も》れないようにと、中央に面した窓も閉められていた。特等席のバルコニーにはツェリ様が陣取《じんど》り、おれを見つけてにこやかに手を振《ふ》った。グウェンダルは腕《うで》を組んで壁《かべ》に寄り掛かり、決闘の相手であるヴォルフラムは、椅子《いす》に座ってふんぞり返っている。
 神経質な奴《やつ》だから、なかなか姿を現わさない敵に、かなりイライラしているはず。その苛立《いらだ》ちで集中力が乱れるという「待ちかねたぞ武蔵」大作戦。かなりせこい。
「お前がぼくに打ち据《す》えられて、泣きながら許しを乞《こ》う姿を想像してみた。そう考えると待ち時間も楽しいものだな」
 なんかあんまり苛立っていない。宮本武蔵作戦、大失敗。
「おれが負けるって決まったわけじゃないだろ? 十五年間|眠《ねむ》ってた格闘センスが、これをきっかけに目覚めるかもしれないじゃん」
 自分が苛立ってどうする。落ち着け、落ち着け。
 蝋《ろう》で石畳《いしだたみ》の部分にぐるりと円を描《えが》き、おれはその外側で準備を始めた。ヴォルフラムの顔色が変わる。
「なぜ服を脱《ぬ》ぐっ!?」
「なに言ってんだよ、お前も脱げ」
「ぼくが!?」
「そうだ。相撲《すもう》は『はだか』がユニフォームだからなッ」
 そのためにコンラッドから新しい下着を借りたのだ。庶民《しょみん》はトランクス型を穿《は》いているが、金持ちや貴族の間では、例のヒモパン着用がステイタスとされているらしい。バリバリ貴族のヴォルフラムなら、ほぼ確実にヒモパン派だろう。彼の下着姿が見たいわけではないが、あんな脱げやすそうな構造だ、もしかしたら取り組み中に外れるかもしれない。そうなってしまえばこっちのものだ。土俵《どひょう》上で脱げたら即座《そくざ》に負け。そういうルールがちゃんとある。
「相撲とは、男と男がまわし[#「まわし」に傍点]いっちょでぶつかり合う超《ちょう》重量級格闘技だ。その土俵から一歩でも出るか、足の裏以外が地についたほうが負けとなる。由緒《ゆいしょ》正しい伝統的なスポーツだ!」
「マワシ? ドヒョウ?」
 ユーリ陣営のギュンターまでが困惑顔《こんわくがお》。コンラッドだけが「ああ、ジャパニーズスモウレスリングね」と納得している。アメリカで少々かじってきたのだろう。
「ほら早く脱げよ」
「男と男が、は、は、は、裸《はだか》でぶつかり合うだとぉッ!?」
「そう。弾《はず》む肉体、飛び散る汗《あせ》」
「ふざけるなッ! そんな野蛮《やばん》で淫《みだ》らな競技をぼくに挑むというのか!?」
「みだら!? 失礼なこと言うなよっ、日本の国技だぜ? 殺し合いよりずっといいだろ」
 ツェリ様がバルコニーで大きく手を振る。
「あたくしはぁ、その競技ィ、だーいすきーィ」
 熱烈《ねつれつ》な投げキッス。
「……しょーがねーな、じゃあ服は着たままでいいよ。早く円の中に入れよ」
 だったら普通《ふつう》の拳闘《けんとう》と同じだと思ったのか、ヴォルフラムは偉《えら》そうに土俵入りしてくる。ひとりだけ雲龍型《うんりゅうがた》とかを披露《ひろう》するわけにもいかず、おれも上着を脱いだだけで線を越えた。
「みあってはっけよいとか説明してもわかんないだろうし……じゃあさっきのラッパを始めの合図にするか。いいな、一回きり、ガチンコだかんな、ヴォルフラム……さん」
 どこまでも弱気。呼び捨てにさえできないおれ。
 急遽《きゅうきょ》、望楼《ぼうろう》に指示が行き、高らかな「開始」が告げられる。
 最初から低い姿勢で構えたおれの方が出足が早く、虚《きょ》を突《つ》かれたヴォルフラムの腰にぶちかまし。廻《まわ》しの代わりにベルトを掴《つか》む。勝負は一瞬《いっしゅん》でついた。四つに組む間もなかった。
「うりゃ」
「……っ」
 足を払《はら》ったつもりもないのに、敵が仰向《あおむ》けに転がっていた。
「……あれ?」
 何が起こったか理解できずに、口を半開きにしたままで間抜けに転がる美少年、真上には青空。一昨日のおれも、こんな感じだったのだろうか、気の毒に。憎《にく》しみも敵意もどこかに忘れて放心状態のヴォルフラムは、魔族のエリートというよりも、悪魔に騙《だま》された天使みたいだ。などと同情してはいられない。ゆっくりと実感がわいてくる。もしかして、おれ、勝った? 相撲のルールは足の裏以外の身体の一部が……一部どころか転がっている。
「っしゃぁッ! おれ勝ったんだろ!? 勝ったんだよな!」
 軍配に尋《たず》ねれば、YOU WIN。
「勝ったぞ勝ったぞ勝ったぞ勝ったぞーっ! うぷ」
「陛下ッ! ご立派な戦いぶりでございましたッ」
 早くも涙《なみだ》ぐむギュンターが、冷静さを失って勢いよく抱《だ》きついてきた。
「てゆーかおれの戦略勝ち! アタマアタマアタマ、ここ使わないと」
「双方《そうほう》ともに一滴《いってき》の血も流さない、陛下の慈悲《じひ》深さゆえに生まれたこの決闘は、我々魔族の美談中の美談として、後の世まで語り継《つ》がれることでしょう」
「美談っつーより笑い話として、語りぐさになりそうな気はするなぁ」
「これでことがおさまれば、いいんだけど」
 一人だけ冷めた様子のコンラッドは、転がったままの弟に手を差しだしながら呟《つぶや》いた。みるみるうちに白い肌《はだ》が朱《しゅ》に染まり、敗者は兄の手を払う。
「こんなバカな勝負があるか!」
「ヴォルフラム」
「異界の競技で勝敗が決められてたまるか!」
 少しでも同情して損をした。彼はまったく懲りていない。屈辱《くつじょく》感は怒《いか》りに油を注ぎ、敗北の事実さえ燃やして消してしまったようだ。
「いいか、お前! お前はこの国の王になるつもりなんだろう!? だったらこの国の方法で勝負をしろ! 魔王なら魔王らしく、魔族の決闘で勝負しろと言っているんだ!」
「ちょっと待てよ、おれの好きな方法でいいって、そっちが先に言ったんだろ。それを自分が負けたからってなんだよ。往生際が悪いだろ。そーいうの男らしくないんじゃねえ?」
「うるさい! 誰か、ぼくの剣を持て」
 兵の一人が走ってくる。おれは大慌《おおあわ》てで、声まで裏返った。
「おいおいおい待て、ちょっと待て、まじで待てよっ、そんな本物の刀つかったら死んじゃうだろ!? 負けたからって本気になるなよ」
「ではお前は今のくだらない勝負、本気ではなかったというのか」
「くだらない言うなーッ」
 だんだん夫婦漫才《めおとまんざい》めいてきた。ギュンターが仲裁してくれようとする。
「ヴォルフラム、あなたから提示した条件ではありませんか。これ以上の身勝手な要求は私としても聞き流すわけにはいきませんよ」
「ではどうする? そいつの代わりにお前が勝負を受けるのか。新魔王を名乗る男は、一対一の勝負に部下の力を借りるというのだな?」
 口の減らない野郎だと思いながらも、おれは感情とは別の部分で、今までしたこともないような、奇妙《きみょう》な計算を始めていた。こんな知恵がどこからわいてきたのかも、頭の、脳味噌《のうみそ》の右と左のどちらで考えているのかもわからない。ただいつのまにか周囲を見る眼《め》が……いや、変化していることさえ、自分自身はっきりと意識できていなかった。決闘中の相手から目を離《はな》さずに、おれは横にいるコンラッドに尋ねる。
「もしもおれが魔王になったとして、あ、万一の話だよ万一の。そうなったとしたら、あいつは味方になるんだよなぁ」
「もちろんです」
 コンラッドは深く頷《うなず》く。弟だからというだけではない。
「あいつって、どういうやつ? おれを憎《にく》んで逆恨《さかうら》みして、そういう理由で裏切るやつ?」
「いいえ」
「じゃあ大きな目標のためなら、嫌《きら》いな奴《やつ》とでも組めるタイプ?」
「ヴォルフラムに関して申し上げるならば、どんなに嫌いな相手であっても、それが魔族のためになるなら、最終的には妥協《だきょう》すると思います。あいつは魔族であることに誇《ほこ》りを持ってる。そして魔族がこの世界の頂点に立ち続けることを望んでる。そのためになると認めれば、嫌いな相手にでも従うでしょう」
「なるほど」
「もうひとついいですか、グウェンのことです。彼はこの国を誰《だれ》より愛してる。俺《おれ》なんかよりも、ずっと真剣《しんけん》に。ただし彼の愛情と献身は、魔族と眞魔国にしか向けられていない」
 疼《うず》く傷を抑《おさ》えるような。
「……それが問題なんです」
 彼の言葉を信じるならば、ヴォルフラムは味方だ。今は紅白戦で敵対していても、いずれは同じチームになる。計算と感情が一致《いっち》した。
「わかったよ、練習用の剣に換《か》えてくれ。やんなきゃあいつの気が済まないなら、さっさと片付けるしかないよな」
 傷つけられたプライドは、真剣勝負でしか戻らない。
「正直、剣道|素人《しろうと》だから勝てっこないよ。でも今度おれが負けたとしても、一勝一敗で引き分けだろ。もともと勝ち目のない勝負だったんだから、おれとしちゃイーブンで上出来じゃないの?」
 引き分けで停戦できるのなら、チーム内で諍《いさか》うことはない。
「こうなるだろうと思った」
 コンラッドは壁に立て掛けてあった剣と盾《たて》をとり、おれに渡《わた》してからギュンターを呼んだ。その頃《ころ》には年長者も巧《たく》みな言葉で、向こうの武器を訓練用に代えさせていた。
「陛下、ご安心ください。巨大《きょだい》で強力には見えますが、刃《は》はなく斬《き》れることもございません。頭部に当たれば陥没《かんぼつ》する程度で、心臓をえぐったりはできません」
「頭蓋骨《ずがいこつ》陥没ってだけで、かなり天国に近くなると思う……」
 服のボタンを二個くらい外して、コンラッドが首に掛けていた革紐《かわひも》を引っ張った。五百円玉と同サイズの、銀の縁取りと丸い石。
「陛下、これ」
 空より濃《こ》くて強い青。
「ライオンズブルーだね」
「俺の……友人がくれたものです。ある種のお守りだと聞いていたけど、今朝がた街で尋ねたら、これはもともと魔石なので、魔力のある者にしか効果がないらしい。運でも防御《ぼうぎょ》でも攻撃《こうげき》でも、何かの役に立てばいいけど」
「くれるの?」
「ええ」
 わざとらしい咳払《せきばら》いで教育係が割り込む。
「お収めになるときは御注意下さい。陛下にその気がおありでないとしても、捧《ささ》げ物《もの》を受け取るという行為《こうい》は、その者の忠誠をも受け入れるということです。私やコンラートはかまいませんが、知らないところで忠臣をお増やしにならないように」
「迂闊《うかつ》に物をもらうなって? なんだよ選挙みたいだな」
 胸にかけると、石の部分がわずかに暖かい。霊験《れいげん》あらたかというよりは、前の人の体温の残る便器に座っちゃったような感触《かんしょく》だ。おれは昨夜、生まれて初めて触《さわ》った剣を右手に盾を左手に、灰色の硬《かた》い土に立ち上がった。
 ヴォルフラムは盾を持たず両手剣をかかげ、バッターボックスのイチローみたいにこっちを狙《ねら》っている。
「あれほんとに訓練用なんだろうな……」
 剣というより、ものすごく活《い》きのいい太刀魚《たちうお》だった。それか冷凍《れいとう》の新巻鮭《あらまきざけ》。あんなものを振り回されたら衝撃《しょうげき》だけで場外ホームランだ。やる前から腰が引けてきた。
「な、なるべく早くギブアップするつもりだけど、もしおれが一撃でやられちゃって口きけそうになかったら、さっさとタオル投げちゃってくれ」
「ギブってなんですか? タオルってなんですか」
 コンラッドがにわかアメリカ人風に答える。
「OK、ユーリ」
「準備はできたか、異世界人!」
 勝手にあっちにやっといて、そんな呼び方はないだろう。
「おれの名前は渋谷有利。よかったらサマをつけてくれてかまわないぜ」
「ふざけるなッ」
 勝負はいきなり始まった。走ってきたヴォルフラムが大きく振りかぶり、おれめがけて新巻鮭を打ち降ろす。一瞬の反射でおれは真下に移動し、身体の中央に盾をかざす。鉄球でも食らったかのような衝撃が、がつんと全身に伝わった。外野が必死に叫《さけ》んでいる。
「陛下っ、よけてください、よけてっ! 正面で受けたら危険です」
「よけいな助言はやめておけ、ギュンター。慣れないやつが腕《うで》だけで受けたら、一度で骨が折れちまう。本能的なものだろうけど、陛下の判断は正しいよ」
 判断なんて理性的なものではなくて、単に長年の癖《くせ》だった。とにかく身体の正面で受けろ、かぶっておさえてでも前に落とせ、後逸《こういつ》だけは絶対にするな。要するに、自分のポジションの仕事だ。
 こちらが返球するまでもなく、すぐにまた次の攻撃がくる。もう一度、上段からストレート。盾で吸収しきれずに、左腕と肘《ひじ》と肩《かた》がじんと痺《しび》れる。続いて右サイド、再び上。
「どうした、なんのために剣を持たされている!? 右手が無駄《むだ》に下がったままだぞ! それとも恐怖《きょうふ》で動かせもしないか」
「っるせーなッ」
 落ち着け、焦《あせ》るな、渋谷有利。
 目の前に重い鉄の武器がくる。真昼の陽光にきらめいて、銀の流線が描《えが》かれる。冷静になれ、腕が痛い、バランスを保て、重心を低く、まばたきできない、する間がない、前傾《ぜんけい》姿勢だ、攻撃に転じる隙《すき》を、剣道でいうなら面、面、胴《どう》、汗《あせ》が目に入る、面、面、胴、染みる。
 ビビってんじゃねーぞ、おれ。けど、やっぱり顔の前にくると怖いんです、振りかぶって上段から、きみはもう……。
 きみはもうプロの球も捕《と》れるようになった。それでもまだジュニアの選手が怖いのか?
 あの日の風。
 まだ屋根がなかった。
 もう怖くない。
「お前のスピードじゃ怖くないねっ」
「なんだと!?」
 思い切って跳《は》ね上げた盾を手放し、相手の体勢を崩《くず》させる。その隙に剣と柄《つか》を両手で握り、自分を守るよう前に振り出す。
「ああっご自分で盾を捨てられるなんて。ああもう見ていられませんよコンラート。たおるだかオマルだかを、早く投げてさしあげて」
「まだだ。陛下はヴォルフラムのリズムを読んでるぞ。基礎のできた模範的《もはんてき》な攻撃だからこそ、次にくるコースが予測できるんだ。ほら、かろうじてだが剣で止めている。それに俺、タオルなんか持ってきてないし」
「ええっ」
 コンラッドの指摘《してき》したとおり、おれには次に狙われる場所が読めてきていた。けれどそれは基礎とか模範とかのせいではなくて、敵の性格が判《わか》ったからだった。
 食事の順番が決まってた。それも一度の狂《くる》いもなく。そしてさっきからずっと同じリズム。緩急《かんきゅう》つけないピッチングは、やがては読まれて長打を食らう。同じことだ。
 顔の前で金属がぶつかり合い、火花が散るのに歯を食いしばる。グリップエンドに乗せた小指が、最後の振動《しんどう》で軽く痺《しび》れた。
「……もしおれが監督《かんとく》だったら、お前は絶対ファーム落ちだなっ、だって投げてくるタイミングがっ、最初からずっと同じだぜッ!? そんな芸のないピッチャーは……っ」
 サイドから立て直す間には、他よりコンマ数秒余分にかかるはず。おれは右足と同時に肩を引き、スクエアに構えて剣を四十五度に倒した。
 テイクバック、相手の踏《ふ》み出しと同時に左足をシンクロさせ、バットに、いや刃と刃が当たる瞬間《しゅんかん》に親指に力を加えて、決して腰《こし》を引かない、けれど打ち急いで前のめりにもならない、身体《からだ》の軸《じく》を固定したままで。
「……っ!」
 最後まで振《ふ》り抜《ぬ》く!
 キーンと、聞き慣れた金属バットの音がした。両腕が付根まで激しく痛んだ。次第に衝撃は震《ふる》えとなって、肋骨《ろっこつ》や腰骨までモールス信号みたいに広がった。
 ヴォルフラムの巨大《きょだい》な武器が飛ばされ、くぐもった擬音《ぎおん》で地面に刺《さ》さった。
「……ひゃっほーぅ」
 気分的には逆転サヨナラ満塁《まんるい》アーチだが、距離《きょり》からすればセカンドフライだ。いずれにしろ敵はもう丸腰だ、ここで下手《したて》に出て折衷案《せっちゅうあん》を探れば、なんとか停戦に持ち込める。
「……おれ的にはもうクタクタで勘弁《かんべん》してって感じなんだけど、もしお前さえよかったら、今日のところは引き分けってことで……うっわ!」
 おれは仰天《ぎょうてん》して飛びすさる。蒼白《そうはく》な顔のヴォルフラムの右手は、バスケットボールでも掴《つか》むような形で、わずかに中指だけ外向きにしながら、オレンジの火球を乗せていた。
「ヴォルフラム!」
 ギュンターが叫《さけ》ぶ。
「陛下はまだ魔術《まじゅつ》について学ばれていないのです! 自分が負けたからといって、得意の炎術《えんじゅつ》を持ち出すのは」
「ぼくは負けたわけじゃないッ」
「だっ、だから引き分けでいいって、おれ言ったじゃん」
「引き分けもなしだ。どちらかが戦えなくなるまで続ける」
 美しい顔を憎悪《ぞうお》に歪《ゆが》ませて、魔族のプリンスは右手を突きだす。
 ギュンターは何か呪文《じゅもん》めいたことを叫ぶが、彼等の頭上で小さな爆発《ばくはつ》が起こっただけだった。常人のおれには想像できない方法で、せめぎあっているらしい。
「グウェンダル! なぜ邪魔《じゃま》をするのです!? ヴォルフをとめないと陛下の身が」
「邪魔をしているのはお前だろう。真偽《しんぎ》を見定めるいい機会だ。あれが本物の魔王だというのなら、ヴォルフラムごときに倒されはしないはず」
「しかし陛下はまだ要素との盟約も……」
「魔力は」
 言葉を奪《うば》ってグウェンダルは、壁《かべ》から離れて向き直る。いつもどおりの不機嫌《ふきげん》な美貌《びぼう》。
「魔力は魂《たましい》の資質だ。学ぼうが焦《こ》がれようが得られるものではない。あれが真の魔王だというのなら、盟約も知識も追い付かなくても、あらゆる要素が従いたがるはずだろう? その高貴な魂に跪《ひざまず》いてな」
 外野の会話に耳を傾《かたむ》けられたのはここまでだった。そんな余裕《よゆう》はない。おれが本物の魔王のはずが、いやもし万一そうだったとしても、炎《ほのお》のドッジボールに勝てる自信は……。
「炎に属する全《すべ》ての粒子《りゅうし》よ、創主を屠《ほふ》った魔族に従え!」
 その台詞《せりふ》を覚えておくと、後々いいことがあるだろうか。それどころじゃない。おれは駆《か》け出した。逃《に》げろ、逃げちまえ! 反撃のチャンスはきっとある、だから今はこのファイアーボールが届きそうにない所まで、一歩でも遠くへ逃げるんだよ!
「我が意志をよみ、そして従え!」
 つんのめって転んだのは偶然《ぐうぜん》だった。だが大きさを増した火球は、頭を掠《かす》めて壁に当たる。髪《かみ》が焦《こ》げる独特のいやな匂《にお》いが、自分の嗅覚《きゅうかく》を刺激《しげき》した。
 殺される。こんなものをヒットされたら確実に殺される!
 どうして? なんでおれが? そりゃあENDマーク出るまで付き合うって決めたけど、だからってなんでだまし討ちみたいに、非科学的な炎にやられなきゃなんないの!?
 コンラッドは自分の剣を抜き、グウェンダルに銀色の切っ先を向けた。
「グウェン、障壁《しょうへき》を解《と》け。でなければお前を斬《き》ってでも、ヴォルフラムをとめに行くことになる」
「私を斬ってでも? どこまで本気なんだ、コンラート」
「全て本気だ」
 ヴォルフラムも同じく本気だったらしい。今度は炎の球ではなく、彼の僅《わず》かに曲がった中指から、空気の揺《ゆ》らぎが生まれてきた。爪《つめ》の先に血のような赤が灯《とも》り、突然《とつぜん》ふくらんだその色が狼《おおかみ》ほどの大きさの獣《けもの》になる。炎のままで。
「なんだよそれっ」
 酷薄《こくはく》な笑みを浮かべるヴォルフラムから、獰猛《どうもう》な獣が放たれた。
 なんだよそれ、だったら相撲《すもう》と剣での勝利はなんだったの!? 最後に逆転チャレンジありだってんなら、これまでの苦労はどうなるの!?
 自分が必死に走った距離を、獣が三歩でかせぐさまを、おれは突っ立ってただ見ていた。動けなかった。動こうにもどこに逃げても、あの四本の足で追い付かれるだろうから。恐怖というより「そりゃないよ」という思いで、ぼんやり口を開けていた。
 凶器《きょうき》の前肢《ぜんし》が襲《おそ》いかかる瞬間、おれはふっと首を沈《しず》めた。そいつはすれすれのところで獲物《えもの》を飛び越し、勢い余って止まれずに進む。本来なら壁のある場所へ。
 運悪くそこには回廊《かいろう》があり、小走りで横切る人がいる。おれは首を痛いほどひねって、彼女に危険を伝えようと叫んだ。見たことがある、あの娘《こ》は確か、昨日おれの着替《きが》えを持って。
「危ないッ!」
「……ちッ」
 全てが遅《おそ》かった。おれもギュンターもコンラッドも。
 燃え続ける獣は真っすぐに突っ込み、少女は悲鳴もなく弾《はじ》き飛ばされた。同時に狼も消える。誤った標的を打ち倒して。
「……これが」
 近くにいた哨兵《しょうへい》が慌てて駆け寄る。右胸の肋骨《ろっこつ》の一箇所が、折れたみたいに鋭《するど》く痛む。息をするのが苦しくなって、鼓動が重低音でがなりたてた。
「これがお前等の勝負なのかッ!?」
 腰とも腹ともつかない身体の奥《おく》から、熱い感覚が広がりだした。神経の末端《まったん》まで走り抜けるそれは、脳の後ろで警報を鳴らす。
「関係ない女の子を巻き添《ぞ》えにする、これが……っ」
 目の前で純白の煙《けむり》が弾《はじ》けた。
 生きているのかどうか判らなくなる。
 耳の奥で、誰かが低く囁《ささや》く。
 やっと……。
 やっと、なに?
 それっきり、意識が。
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