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今日からマ王15-11

时间: 2018-04-30    进入日语论坛
核心提示:     11 |小柄《こがら》でよく動く|白髪頭《しらがあたま》を探して、彼は早朝の市場を歩き回っていた。 昨晩聞いた活
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 |小柄《こがら》でよく動く|白髪頭《しらがあたま》を探して、彼は早朝の市場を歩き回っていた。
 昨晩聞いた活動|拠点《きょてん》のうち、主だった場所ではここが最後だ。居てくれと|祈《いの》るような気持ちだ。荷車と老女の組み合わせを見ると、断りもなく|覗《のぞ》き込んでは顔を|確認《かくにん》する。こういう時に限って|皆《みな》、|人違《ひとちが》いだ。
 昼を前に商売が一段落つく|頃《ころ》になって、彼はようやく目的の人を見付けだした。異国の生まれを示す茶色の|瞳《ひとみ》に、少しだけ|安堵《あんど》の|影《かげ》が差す。
「ヘイゼル!」
「おや」
 荷車を置き一息いれていたヘイゼル・グレイブスは、見知った相手に短い英語で答えた。
「おはよう、|昨夜《ゆうべ》はよく|眠《ねむ》れたかい?」
「いいや。お|心遣《こころづか》いには感謝しているが、予想外の事態に|見舞《みま》われて」
「予想外……? どうしたんだいウェラー氏、そんなに息|急《せ》き切って。それに」
 |嫌《いや》な予感に|駆《か》られてコンラッドの背後を見やる。|誰《だれ》の姿もない。
「|坊《ぼう》やたちは」
 魔族の護衛は|逡巡《しゅんじゅん》し、しかしすぐに|悟《さと》って話を続ける。
「昨夜|遅《おそ》くに、この世ならざる者達の|襲撃《しゅうげき》に|遭《あ》いました。生きた死体です。この国にはその|類《たぐい》の法術使いもいるようだ」
「遺体を|操《あやつ》る法術って、何ということを。神と死者への|冒漬《ぼうとく》だよ」
「そう考えるのはあなただけかもしれないよ、ヘイゼル。宗教観の違いは|如何《いかん》ともしがたい。どうやら死人|遣《つか》いの正体は、|皇帝《こうてい》陛下の母であるらしいし」
「アラゾンが? 確かに|冷酷《れいこく》で|残虐《ざんぎゃく》な|女帝《じょてい》だが、そんな|恐《おそ》ろしい術の持ち主だったかね」
 そんなことはどうでもいいと右手を振って、コンラッドは敵の説明もそこそこに本題に入った。
「しかし俺にとって重要なのは、|主《あるじ》が|壁《かべ》の向こうへと|踏《ふ》み込んでしまったことです」
「何だって!? 壁の向こうへ!?」
 ヘイゼル・グレイブスは|一瞬呆気《いつしゅんあっけ》にとられたが、|流石《さすが》に熟練した冒険家だけあって、|即座《そくざ》に自分を取り|戻《もど》した。思わずウェラー|卿《きょう》を問い|質《ただ》す。
「あれだけ言ったのに一体どうして……どうして行かせたんだい。そんなに墓場の財宝が欲しかったとでも? あんたたちの目的は|双子《ふたご》ずだ。それともやっぱり守護者達に|見咎《みとが》められないように、墓に近付くのが目的だったと……そういう子には見えなかったのに!」
「財宝? 誤解されては困る。陛下はそんなものを望まれたことは一度もない。ただ同行者が|怯《おび》えて|逃《に》げ込んだのを|放《ほう》ってはおけず、ご自分も入られただけだ」
「同行者というのはあれかい? あの、オレンジの|髪《かみ》の」
 |黙《だま》りこむコンラッドを前にして、片側の|眉《まゆ》だけをひくつかせながら、ヘイゼル・グレイブスは|顎《あご》を反らせた。
「いいだろう、聞かせてもらうことが|沢山《たくさん》ありそうだ。それよりも|何故《なぜ》あんたが此処にいて、守るべき坊やがいないんだい? あんたはボディガードだろうウェラー氏、まさかあの子だけ行かせたなんてことはあるまいね」
 息をするのさえ|辛《つら》そうに眉を|輩《ひそ》め、コンラッドは首を振った。
「一人じゃない。俺などより|余程《よほど》頼《たよ》りになる男がついている。しかし」
 相手が|後悔《こうかい》し、傷ついた顔をしていようがいまいが、ヘイゼルには関係がなかった。彼女は|容赦《ようしゃ》なく言った。
「そんな顔をするくらいなら、最初から他人になど任せるんじゃないよ」
 彼はいっそう悲痛な|面持《おもも》ちになり、|握《にぎ》り|締《し》めた|拳《こぶし》を|剣《けん》の|柄《つか》に押し付けた。よく見るとそれは飛び散った|肉片《にくへん》と|腐敗《ふはい》した体液で|汚《よご》れていた。
「すぐにでも追いたいと思ったんだが、入り口は|閉《と》ざされたきり動く気配もない。教えて欲しい、ヘイゼル。あの壁はどうすれば開くのか。今からでも陛下を追うには、俺はどうすればいいのか」
 年老いた女は|腕組《うでぐ》みをして聞いていたが、やがて近くにいた知り合いの|奴隷《どれい》に声を|掛《か》けた。
「あたしの荷車を運んでおいておくれ」
「なんだ|婆《ばあ》さん、許可無く|離《はな》れれば|罰《ばっ》せられるだろうに。何も好きこのんで|鞭《むち》で打たれなくてもよかろうよ」
「お黙り。少しは男らしいとこを見せてみなよ|腰抜《こしぬ》け。あたしが姿を消したことなど、あんたが口を|噤《つぐ》んでいれば誰も気付きやしないんだよ」
 ヘイゼルは男の|肩《かた》を軽く|突《つ》いて、にやりと老婦人らしからぬ|笑《え》みを|浮《う》かべた。
「それともあんたの心臓は、干し草の中で|震《ふる》える|雌鳥《めんどり》なみかい? さあ行こうか、ミスター。雌鳥男のせいで、待たせてしまって悪かったね」
 そして昨日とは逆の方向へと歩を進めながら、低い声で英語に戻した。
「壁の開け方はあたしも知らない。自分の時だって|偶然《ぐうぜん》に近かったんだ。これ以上その入り口に時間を|割《さ》いても、|無駄《むだ》に|遅《おく》れをとるだけだ。今からなら追い掛けるよりも、|寧《むし》ろ地上から先回りしたほうが早いかもしれないよ」
「先回り?」
「そうだ。言っただろう、あの地下都市が何処へ向かっているか。うまくすれば|途中《とちゅう》の横穴で待ち伏せて、合流できるかもしれない。いずれにせよ首都を離れることになるが、行ってみるかい?」
「もちろん」
 どれだけ本気なのか確かめようとコンラッドの顔を|見詰《みつ》めるうちに、ヘイゼルは彼の右眉に傷があるのを発見した。ふと、魔族の|年齢《ねんれい》について聞いた話を思い出す。
「魔族の皆さんの年齢は外見からはとても計れないと言うね。ひょっとしてあんたも、あたしより年上だったりするのかもしれない」
 |突然《とつぜん》なにを言いだすのかと、彼は傷のある右眉を上げた。グレイブスは|厳《しわ》深い手で男の腕を|叩《たた》く。
「けど何故だろうコンラッド、あんたを前にすると、|息子《むすこ》か孫と|喋《しゃべ》っているような気にさせられるよ。おかしな話だろう?」
 そこまで言って|榛色《はしばみいろ》の目を細め、|喉《のど》の奥で笑う。
「あたしには息子も孫息子もいなかったってのにね」
 
「タビネズミ・レミングの冒険、大移動編」を|恐怖《きょうふ》に顔を引き|攣《つ》らせながらやり過ごしたおれたちは、次なる動物|被害《ひがい》に遭う前にと、続く地下通路を急いでいた。
「なんていうか、こう、|巨大《きょだい》化してなかっただけマシだよな」
「そうですね。巨大化なんかされたひにゃ、|可愛《かわい》げもなくなりますもんね」
「元々可愛くなんかないよ」
「眞魔国では巨大化が流行なの?」
 赤い部屋から半日近く歩いたことになるが、わずかその程度の移動でも地下都市の様相は一変していた。この辺りになると住居|跡《あと》が極端に減り、都市というより地底に|設《しつら》えた街道っぽくなっている。これまでに比べて通路はほぼ直線になり、広さも高さも一定になった。
 入り口近くが手作りの|田舎町《いなかまち》だとすれば、この辺は近代化された高速道路地帯というイメージだ。高速で走り|抜《ぬ》ける車などいないのだが。
 両側の壁が容易に確認できたため、もう|掌《てのひら》を|摩擦《まさつ》で熱くする必要はない。おれは右手で|松明《たいまつ》を持ち、空いた片手を服の上から胸に当てていた。
 おれの体温が伝わっているのか、先程から|魔石《ませき》が|奇妙《きみょう》な熱を持っている。不意に顔を|顰《しか》めるほど熱くなったり、外気に|曝《さら》されたように冷たくなったり。
 近くに法術師がいないとはいえ、ここは法力に満ちた神族の土地だ。相対する力の中に放り込まれて、石も調子を|崩《くず》しているのだろうか。
 逆にサラレギーに|填《は》められた|薄桃色《うすももいろ》の指輪の方は、ただの石同然に静まり返っていた。聖砂国でしか採取できない|珍《めずら》しい石だと聞いたのだが、何の反応も示さない。痛みがないのはありがたいが、おれをあれだけ苦しめた指輪がこう大人しいとなると、装着者としては少々気味が悪い。
 元々神族の宝なのだから、久々の帰省にもっとはしゃぎ、色めき立ってもよさそうなものなのに。
「……まあ、石だからな」
 石といえば相変わらず|堰《せき》も多い。
 通路の|幅《はば》が広くなったせいか、シャッター代わりの|石板《せきばん》もいっそう大きくなっている。先程までと|違《ちが》うのは、手前の壁にスイッチらしき出っ張りがある点だ。あれを|弄《いじ》れば操作できるのだろうか。それにしたって|鼠《ねずみ》の大群でなければ一体何を|遮断《しゃだん》したいのだろう。疑問はいっそう強まった。
 そもそも奴隷階級に追いやられた人々が住む街に、そんな大掛かりな|防御《ぼうぎょ》システムが必要だろうか。|僅《わず》かに残された家財道具から察するに、住人が|裕福《ゆうふく》だったとはとても思えないし、第一こんな|城塞《じょうさい》なみの仕掛けを作る余力があれば、奴隷になど甘んじてはいないだろう。
 考えれば考えるほど妙な話だ。
 おれはゆっくりと頭を振って、無駄な推測を|諦《あきら》めた。よそう、今心配すべきことは一本しかない松明の|寿命《じゅみょう》だ。未明から使っていた|唯一《ゆいいつ》の|灯《あか》りは、持ち手に熱さを感じるほど短くなっている。この火が消える前に|代替物《だいたいぶつ》を探さなければならない。|鍋《なべ》や|匙《さじ》では代わりにならないし、やっぱ服か、服を燃やすしかないのか。
「ユーリ」
「いいよ男らしくおれが|脱《ぬ》ぐよ……え、何だって?」
 呼ばれてサラレギーを見ると、終わり近くでいっそう激しくなった|炎《ほのお》に照らされて、金色の|随毛《まつげ》まで光っていた。熱と光は|大丈夫《だいじょうぶ》なのだろうか。
 彼はこの地下都市に入ってから、以前より|壮健《そうけん》そうに見える。
 会ったばかりの|頃《ころ》や船旅の間は、本人はあれで健康な状態だったのだろうが、|傍《はた》から見るとどうにも|儚《はかな》げで病弱なイメージがあったものだ。ところがこの地下に|踏《ふ》み入ってからは、血色の良さも|瞳《ひとみ》の|輝《かがや》きも以前に|勝《まさ》り、おまけに精神的にも|高揚《こうよう》しているらしい。
 |暗闇《くらやみ》で視力を保てたり、おれたちより先に動物の気配を察したりと、法術を持たないという自己申告が信じられないほどだ。
「聞こえる? ユーリ、何かが来てる」
「なにかって、また鼠とか……」
 ようやくおれにも音が届いた。この重い|震動《しんどう》と|衝撃《しょうげき》は、小さな動物の群れなどではない。正体に気付いたらしいヨザックが、おれの肩を思い切り前方に押した。
「陛下、走って!」
「えっ、なに」
「いいから走って! 振り返らずに」
 言われた時にはもう|遅《おそ》く、おれは|左脚《ひだりあし》を踏み出すと同時に、|身体《からだ》を|捻《ひね》って後ろを|確認《かくにん》していた。追ってくる者の姿を一目見ようと、半歩を|犠牲《ぎせい》にして視界を広げる。
 それは最初、松明の炎では、単なる|砂埃《すなぼこり》にしか見えなかった。だが前に走ろうとよろめきながら二度目に振り返ると、通路とほぼ同じサイズの丸い岩が、|地響《じひび》きと共に転がってくるのだと判った。
 |輪郭《りんかく》が闇に|溶《と》けこんでいたため、はっきりとした球体に見えなかったのだ。
「見ている|暇《ひま》はありませんって!」
「だって、何だよあれ!? あんなもんどこから!?」
 鼻の先でサラレギーの服が|靡《なび》いている。
 彼が走っているところを初めて見た。そりゃあ生まれついての王様だって、|逃《に》げ場のない地下道で巨大な岩に追い掛けられたら走る。|袖《そで》を|靡《なび》かせ、|裾《すそ》を|翻《ひるがえ》して。
 おれはもう一度だけ振り返り、転がる岩と通路の|壁《かべ》や|天井《てんじょう》の間に|殆《ほとん》ど|隙《すき》間がないのを確かめた……わざわざ|不愉快《ふゆかい》な事実を確認してしまった。
 |脇道《わきみち》か|窪《くぼ》みでも見付けて身を|隠《かく》さない限り、|逃《のが》れる|術《すべ》はないってことじゃないか。しかも|先程《さきほど》からずっと、この通路には|避難《ひなん》場所が無い。こんな事態になるとは思わぬままに、逃げ場がないのを確かめながら歩いてきていた。
 そうと知らずに自分で自分の|墓穴《はかあな》を|掘《ほ》るような|行為《こうい》だ。
 高速道路地帯などと|喩《たと》えて|悦《えつ》に入っていたが、何のことはない、高速で|駆《か》け抜けるのは人でも車でもなく、通路サイズにぴったりの巨大岩石だったわけだ。
「なんかこーいうの映画で|観《み》たよ! ハリソン・フォードが逃げてんの」
「……これは|罠《わな》ですね」
「罠!? って|誰《だれ》が、誰のために、|仕掛《しか》けた、罠だよっ!?」
 全速力で走りながら聞き返すと、|危《あや》うく舌を|噛《か》みそうになった。だってここは地上を追われた人々が生活する場所だったはずだ。そこに|何故《なぜ》、こんな罠が必要ある!?
 ふとヘイゼル・グレイブスならどうするだろうと考えた。
 有り得ない危険な罠も、トレジャーハンターなら当たり前のように|回避《かいひ》しているだろう。ヘイゼルやその後を|継《つ》いだという|孫娘《まごむすめ》、そしてこの先も代々続くであろう|冒険《ぼうけん》野郎《やろう》、冒険|淑女《しゅくじょ》達なら、この危機をどう回避するだろうと思ったのだ。
 バズーカ砲を構えるアメリカ人のイメージが浮かんだ。日本人には参考にならない。
「ユーリ!」
 息を|弾《はず》ませながらサラレギーがおれを呼ぶ。その声はとても楽しげに聞こえた。おれが|不謹慎《ふきんしん》なだけなのかもしれない。
「どこまで走ればいいのだと思う?」
「知るかよッ」
 反射的に|叫《さけ》んでしまってから、闇を|見透《みす》かす彼の特技に気付く。松明|頼《だよ》りのおれたちとは質が違う。
「サラ、そのよく見える目で逃げ場を探してくれ! 
 脇道だとか壁の窪みだとか、何でもいい。あの岩を|避《さ》けられる場所だ」
「全然ないね」
 ……|訊《き》くんじゃなかった。
 勢いのついた重い球体が転がる速度は、人の全力|疾走《しっそう》よりもずっと速い。それがごく|緩《ゆる》い|斜面《しゃめん》だとしても。
 背後に|迫《せま》った|凶器《きょうき》は、|既《すで》にその衝撃でこちらの足が|縺《もつ》れるくらいまで近付いている。あれが生きていたら、|息遣《いきづか》いまで聞こえそうな|距離《きょり》だ。
 |隣《となり》でヨザックが、|一瞬《いっしゅん》自分の|爪先《つまさき》を見て、片目だけをぎゅっと|瞑《つむ》った。痛みを|堪《こら》えるような仕種だ。不意に彼の身体が右に|傾《かたむ》いた。
「ヨザック!?」
 どこか|傷《いた》めたのかと|驚《おどろ》いたが、どうやら単に壁に近付こうとしただけらしい。
「走って、そのまま。止まらないで」
 もちろんそうするつもりだが、ヨザックがいきなり何を言いだすのかと気になり、僅かに速度を落とした。
 |怪訝《けげん》そうな顔になっていたらしい。彼は安心させるように、左の|掌《てのひら》やほんの一瞬おれの|頬《ほお》に触れた。そしてまるで彼らしくなく、クリスマスの絵画みたいに笑った。
「あなたは走るんです、陛下」
 
 
 だが、彼は足を止めた。
 
 
「ヨザっ……」
 おれは勢いを殺せず、そのまま駆け|抜《ぬ》けてスリップして転び、足の下の土を|削《けず》ってやっと止まった。|腰《こし》を捻り、|戻《もど》ろうとする目の前に、何度も見上げては厚さを測った石板が落ちてくる。
|轟音《ごうおん》と共に地面に食い込み、空間はそこで分断された。
 向こう側で彼がスイッチを押したのだ。
「ヨザック!?」
 取り|縋《すが》ろうと掌と胸を押し付けたところで、金属の折れる音と|硬質《こうしつ》な石同士がぶつかる|鈍《にぶ》い音がした。石板の表面に伝わった衝撃で、身体が再び|弾《はじ》き飛ばされた。
 投げ出された|松明《たいまつ》が、最後に細い|煙《けむり》を残して消える。まるで光が道連れにしたように、音も|全《すべ》て消え去った。
 暗闇の中、転がった瞬間と同じ姿勢で、おれはただ座り込んでいた。声を発するのも|恐《おそ》ろしかった。もしこれが夢なら、動くと同時に現実になってしまいそうで、指の一本を|震《ふる》わせることさえできない。
 そうしてじっと待っていれば、あの重い石をひょいと持ち上げて、今にも彼が姿を現すのではないかと思って、息をすることさえできなかった。
 だが闇は闇のまま、静けさは静けさのままで、いつまで待っても何も起こりはしない。
 やがて|砂粒《すなつぶ》を踏む|控《ひか》えめな足音が顔の|脇《わき》に近付き、細く|柔《やわ》らかな声がおれを呼んだ。
「ユーリ」
 瞬間的に|怒《いか》りが|湧《わ》き上がる。
 声をだしやがって、音を立てやがってと、|理不尽《りふじん》な怒りの|矛先《ほこさき》を危うく他人にぶつけるところだった。
 おれは返事をせず、ゆっくりと手順を踏んで身を起こし、痛む|膝《ひざ》で新しくできた壁の|下《もと》まで|這《は》いずった。全ては暗闇の中、|手《て》探《さぐ》りだ。
「……ヨザック?」
 膝立ちで届く高さからずっと、|磨《みが》かれて|滑《なめ》らかな石の表面を|撫《な》でた。一番下まで|辿《たど》ってやっと、壁よりは柔らかい地面に触れる。おれは人差し指で九十度の継ぎ目をなぞった。
 何度もなぞった。
 もう一度名前を呼んだら、|耐《た》えられなくなった。
「どうして……っ!」
 土と石の混ざった路面を掘ろうと、ただひたすら指を動かす。実際には引っ|掻《か》く程度にしかなっていないだろうが、そんなことはどうでもよかった。向こう側まで掘らなければならないと思っていた。
 |繰《く》り返し名前を叫び、返事をしない彼を|罵《ののし》った。
「ユーリ」
 |肩《かた》に手を置かれても気付かず、それが誰なのかさえ考えもしない。
「泣いているの?」
 生きてる誰かがおれの隣にしゃがみ込む気配があった。その時になってやっと、サラレギーがいたのだと|判《わか》る。柔らかい|髪《かみ》が、おれの頬に触れた。
 自分が目を開いているのかどうかも判らないような|闇《やみ》だ。サラがどんな顔でおれを見ているのかなんて、知るわけがない。
「|違《ちが》う所を掘ってる」
 |触《さわ》り慣れているはずの彼の手が、おれの手首を|握《にぎ》って引っ張った。左へ、|前腕《ぜんわん》の長さくらい左の地面へと。
 そこだけ、ぬるつく何かで|濡《ぬ》れていた。
 サラレギーの指先が、おれの手を|掠《かす》めるようにしてそこに触る。|微《かす》かな空気の流れで、隣の|腕《うで》の動きを感じる。
 
 サラは、くんと小さく鼻を鳴らし、その濡れた指のままでおれの左頬を撫でた。
 
 血だ。
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