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今日からマ王15-8

时间: 2018-04-30    进入日语论坛
核心提示:     8 新しい荷物の中身を知った|途端《とたん》に、ウェラー|卿《きょう》は|唖然《あぜん》とした。|流石《さすが
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      8
 
 新しい荷物の中身を知った|途端《とたん》に、ウェラー|卿《きょう》は|唖然《あぜん》とした。|流石《さすが》の彼もここまでは予測していなかったらしい。
「聞くんじゃなかった……」
 彼は|前髪《まえがみ》を|掻《か》き上げて、|剣腓砥《けんだこ》のある|掌《てのひら》で右眉の傷に触れた。初めて目にする「こんなことになろうとは」と言いたげな表情だ。
「ヨザック、お前がついていながら」
 コンラッドに険しい顔で|睨《にら》まれて、ヨザックはわざとらしくおれの後ろに隠れた。
「約束でしょ坊ちゃん、ちゃんと弁解してくださいよぉ」
「うん、だからつまりそのーグリ江ちゃんじゃなくておれが」
 最後まで聞かずにコンラッドは、|驚《おどろ》くべき行動に出た。彼は荷袋を必要なだけ開けると、サラレギーが声を発する間も|与《あた》えず|猿轡《さるぐつわ》を|噛《か》ませ、|先程《さきほど》まで|緩《ゆる》く捻ってあっただけの口の部分を、改めてぎゅっと|縛《しば》ったのだ。
「こ、コンラッド?」
 常識派で人権派の彼からは信じられない暴挙だ。
 キレちゃったのかとビビるおれに、コンラッドば得意の|爽《さわ》やか好青年風の|笑顔《えがお》で応えた。しかし|眼《め》が笑っていない。
「なかったことに」
「そういうわけにはいかないよ。おれがヨザックに|頼《たの》んだんだ。サラはジェイソンとフレディの居所を知ってるから」
「だからといって彼等に知られるわけにはいかないでしょう」
 コンラッドはおれの肩|越《ご》しに、ベネラと仲間達に視線を走らせた。銀を散らした|虹彩《こうさい》が|僅《わず》かに|翳《かげ》る。
「イェルシーと区別が付かないし、|双子《ふたご》の兄が訪問していると知る者も少ない。それに何より彼女達の顔とこの場所を覚えられでもしたら、|迷惑《めいわく》がかかります」
 彼の言うとおりだ。
 以前の|皇帝《こうてい》が|壊滅《かいめつ》させたという地下都市の存在はイェルシーも知るところだろうが、活動者の名前や顔は、まだ当局に|洩《も》れていないはずだ。特に城内で働く協力者などは、サラに顔を見られれば|致命《ちめい》的だ。間者として二度と使えないばかりか、本人の身も危険に|曝《さら》される。
 ヘイゼルの言葉を信じるならば、サラレギーを射たのは彼女の手の者ではないということだった。
 そもそも多くの人々は、可動式特等席で現れるのはイェルシーだと思っていたのだ。では弓を向けられたのはサラレギーではなく、イェルシー皇帝陛下ということになる。これは|歴《れっき》とした暗殺|未遂《みすい》事件だ。
 元々彼女と|抵抗者《ていこうしゃ》の仲間達は、武力での解決を望んではいない。皇帝が一人|崩御《ほうぎょ》したからといって、国家の体制が|大幅《おおはば》に変わるとは考え|難《がた》いからだ。それよりも自分達の|惨状《さんじょう》を広く世に知らしめて、国際社会の|介入《かいにゅう》を待つ方を選んだ。だがもしも仲間の内に|武闘派《ぶとうは》がいれば、楽園に|辿《たど》り着くかどうかも|判《わか》らない船を延々と送り続けたりはせずに、|奴隷《どれい》階級の人数に任せてもっと早く武装|蜂起《ほうき》していただろう。
 |血生臭《ちなまぐさ》い話だが、農具だって時には|刃《やいば》にもなる。
 ヘイゼルの説明は|至極《しごく》ごもっともで、信用に足るものだった。しかし彼女は回答の終わりに、|妙《みょう》に気になる一言を加えるのを忘れなかった。
「標的は兄と弟、どっちだったんだろうね」
 おれにも判らない。
 我々は昨夜教えられた地下通路の中程まで|戻《もど》り、追っ手を|撤《ま》いたのを|確認《かくにん》して、ようやく胸を|撫《な》で下ろしたところだった。|間一髪《かんいっぱつ》で危機を|逃《のが》れ、救出された三人は、仲間達に次々|抱《だ》き締められて、|涙《なみだ》を|隠《かく》すことなく喜び合っている。
 けれどその中に、あの子達の姿はない。それでもおれたちは失望を頭から振り|払《はら》い、助かった人々を心から祝福した。力になれて良かった。
 新たな火種を持ち込んでしまった気もするが。
「このまま必要な情報だけを聞きだして、|袋《ふくろ》ごとどこかに置いてくるしか……まったく」
 燃えないゴミの|違法投棄《いほうとうき》みたいな|扱《あつか》いを提案しておきながら、彼はまた大きな|溜息《ためいき》をついた。
「まったく、一国の王を袋|詰《づ》めにして|拉致《らち》するなんて」
 ギュンターなら|疾《と》うの昔に汁を飛ばして|喚《わめ》き立てていそうだ。続けるうちにコンラッドの口元は|次第《しだい》に|弛《ゆる》み、|喉《のど》の奥で押し殺すように笑い始める。
「だ、|大胆《だいたん》なことをするようになりましたね」
「笑うなよ、こっちは|真面目《まじめ》なんだぞ」
「失礼、それにしてもっ」
 ついには|身体《からだ》を二つに折り、声を立てて笑った。それでも彼がこんな風に笑うのはどれだけ久し振りか判っていたから、ネタにして|貰《もら》えただけでもありがたい。
「ひでぇ。詰めたのはおれじゃないよ、グリ江ちゃんだぞ!?」
「あっまたそうやってグリ江に責任を|転嫁《てんか》するー。でもちょっといい気味でしょ、ね?」
 お庭番は同意を求めて目を細めた。何しろサラレギーには、小シマロンを出てからこれまでの間に、あらゆるタイプの|酷《ひど》い目に|遭《あ》わされている。|箇条《かじょう》書きにしたらレポート用紙が足りないくらいだ。そもそもおれを聖砂国に連れてきたのだって、|大掛《おおが》かりな|誘拐《ゆうかい》みたいなものだ。報復という考え方は道徳に反するが、ちょっと格好良く横文字で表現してみたらどうだろう。
 リベンジ。
 |赦《ゆる》されそうな気がしてきたぞ。
「あの子達の|行方《ゆくえ》ですが」
 |漸《ようや》く|衝動《しょうどう》の治まったコンラッドが、|爪先《つまさき》で袋をつつきながら切り出した。
「あの三人はジェイソンとフレディの名前さえ知りませんでした。三人とも首都から最も近い|施設《しせつ》に|隔離《かくり》されていて、|急遽《きゅうきょ》決まった|処刑《しょけい》のために連行されて来たようです。他の施設の収容者には|詳《くわ》しくないみたいですね。いずれも|劣悪《れつあく》な|環境下《かんきょうか》にあることだけは、容易に想像がつきますが。どんな|状況《じょうきょう》かは……とてもお教えできません」
「|嫌《いや》な話だな」
 おれも爪先で袋を|弄《いじ》くりながら|頷《うなず》く。
「あんな幼い子達がそんな所にいるのかと思うだけで|辛《つら》いよ、胸が痛む。|歳《とし》なんかグレタと大して変わらないんだぜ。そりゃうちの子も……色々ありはしたけどさ」
「よーし、じゃあ弟の代わりにこいつをしばいておきます?」
 ヨザックが袋を|蹴《け》り飛ばした。やり過ぎだ。
「よせよ、やり過ぎ。そんなんしたら|虐待《ぎゃくたい》になっちゃうって。小シマロンはともかく、聖砂国に関してはサラに責任ないんだから」
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 |幼馴染《おさななじ》みコンビは息の合ったタイミングで、また|呆気《あっけ》にとられた顔をする。
「あなたを二度も殺そうとした男ですよ」
「でも、おれを二度も殺し|損《そこ》ねた|奴《やつ》だよ?」
 二度あることは三度あるのか、それとも三度目の正直となるのかは神のみぞ知る、だ。だが彼が二度も失敗してくれたお|陰《かげ》で、おれの|劣等《れっとう》感は半減した。幼い|頃《ころ》から英才教育を受け、|帝王学《ていおうがく》を身につけ、王になるために生まれてきたサラレギーが、あんなに|完璧《かんぺき》な少年王が、らの野球好き高校生を二度も仕留め損ねるなんて。
 小シマロン王もそう大したものじゃない。そう思うようになったのだ。
 何を転じて福となすかは、|禍《わざわい》に遭ってみるまで分からないものだ。
「フォンビーレフェルト卿の件だけは、許し難いけどな……やっぱ蹴っとこうか」
 それはお兄ちゃんにお任せするとしよう。
 
 城から逃れてきたおれたちには身を寄せる宿もなく、昨夜案内された赤い部屋で過ごすしかなかった。|奪還《だっかん》作戦で|疲《つか》れ切った体を休めるには、地下都市の地面は冷たく|硬《かた》過ぎたが、何せこちらは異国の地で|逃亡《とうぼう》の身。|雨露《あめつゆ》と寒さが|凌《しの》げる|乾《かわ》いた場所があるだけでも、人の情けに感謝しなければならない。
 幸い地下は、夜風に曝される地上よりも暖かかった。それにここなら火を|焚《た》いても、兵士に|見替《みとが》められる|恐《おそ》れはない。ずっと|離《はな》れた通気|孔《こう》から僅かな|煙《けむり》ボ立ち上るだけだから。
 |寝袋《ねぶくろ》とは名ばかりの毛布らしき|塊《かたまり》を借り受けて、おれたち三人は火を囲んで横になった。追っ手に見つかる可能性も低いので、夜通しの見張りも必要なかった。逃亡生活の皮切りとしては、|幸先《さいさき》のいいスタートだ。
 |両脇《りょうわき》からの規則正しい寝息を聞き、コンラッドとヨザックが|眠《ねり》っているのを確かめてから、おれは二人を起こさないようにそっと|抜《ぬ》け出した。足音を|忍《しの》ばせて袋に近付く。中身も眠ってしまっているのか、びくりとも動かない。
「……サラレギー?」
 用心深く袋の口を|解《ほど》く。これまた|随分《ずいぶん》ときつく|縛《しば》ったもんだ。
「悪いな、寒いだろ」
 必要最低限の広さだけ開けて、|埃《ほこり》っぽい毛布を|突《つ》っ込んだ。幼い頃から王宮暮らしの彼が、こんな物で|我慢《がまん》できるとは思えないけれど。いっそ貴族や王族の教育プログラムに、体験学習として|庶民《しょみん》の暮らしを入れておくべきだ。一億総庶民である日本育ちのおれには、関係のない話だが。
 ついでに|猿轡《さるぐつわ》も外してやる。ヘイゼルたちは日暮れと共にそれぞれの|住処《すみか》に戻って行ったから、|喋《しゃべ》ったところで荷物の|素性《すじょう》がばれる心配もない。それにこの部屋でどんなに|叫《さけ》んでも、地上までは届かないだろう。
「……っぷは、あー」
「しーっ静かに。二人が寝てる」
 人差し指を口に当ててみせる。明かりを近付けてみると、|流石《さすが》に|疲弊《ひへい》した様子のサラレギーが|膝《ひざ》を|抱《かか》え、|胎児《たいじ》みたいに丸くなっていた。気の毒になり、袋を引き下ろして上半身を自由にしてやる。
「サラレギー」
「あなたの部下は酷いな」
 少年王は身を起こし、細い手で|腰《こし》をさすった。
「強く蹴られた」
「そりゃ悪かった。でもおれたちがお前……きみに、良い感情なんか持ってるわけがない、|判《わか》ってるだろ?」
「でも、酷いな」
 自分のことを|棚《たな》に上げてもう一度|繰《く》り返してから、|頬《ほお》に掛かった|後《おく》れ毛を白い指で|払《はら》う。まとめていた|髪《かみ》がかなり乱れていた。|眼鏡《めがね》は|要《い》らないのかと|訊《き》きかけてから、視力|矯正《きょうせい》のためではなかったのを思い出す。
「なるべく早く城に帰すよ、ていうかどっかお城の近くに放置してくるよ。|噴水《ふんすい》の真ん中にでもね。|大丈夫《だいじょうぶ》、すぐに発見してもらえるさ。|賓客《ひんきゃく》が行方不明になったんだ、それも|皇帝《こうてい》陛下の実の兄がね。|騒《さわ》ぎにならないはずがない。下手したらもう街中が|捜索《そうさく》隊でいっぱいかもしれないし」
「どうかな」
 小シマロンの少年王は、|儚《はかな》い様子で首を|傾《かし》げた。彼の本質を知らない相手なら、今の所作で七割方は母性本能に目覚めてしまうだろう。男女間わず。
「だって、賓客といったって殺されかけたばかりの男だよ?」
「|誰《だれ》に|狙《ねら》われたかは判ってんのか」
 彼が首を|振《ふ》るたびに、白にも近い|金髪《きんぱつ》が|頼《たよ》りなく|揺《ゆ》れる。
「さあ。この国でのわたしの知名度なんてたかが知れている。遠くから射るなんて不確実な方法でわざわざ殺そうとする相手なんて、想像もつかないな。国内の政敵なら、すぐに|幾人《いくにん》か挙げられるけれど」
「それもへこむ話だな……」
 そう、サラレギーはつい先日、自分の名を|冠《かん》した軍港で命を狙われたばかりだ。よりによって腹心の部下であり、小シマロン王の忠実な飼い犬とまで|称《しょう》された男に。その時は彼のマントとフードを着けたヴォルフラムが、危うく犠牲になるところだった。あの瞬間を思い出しただけで|震《ふる》えが走る。
「ひょっとしたら、わたしを狙ったのではないかもしれないけれどね」
「え……」
「だってそうでしょう、ユーリ。|此処《ここ》はイェルシーの国であって、わたしの国ではない。広場で開かれる行事に現れるとしたら、皇帝である弟だ。ましてやわたしと彼が入れ|替《か》わっていたことなど、誰も知らないに等しい。しかもわたしたちは、見分けが付かないくらいそっくりだしね。わたしとこんなに親しいあなただって、言葉を|交《か》わすまでは判らなかったでしょう?」
「う、親しいって」
 言葉に|詰《つ》まった。サラレギーの辞書では、殺し合ったり|憎《にく》まれたりの関係を「親しい」というのか。理解できない|広辞苑《こうじえん》だ。
 しかし彼自身も、自分は弟の身代わりになったのかもしれないと気付いてはいたのだ。常に自分中心主義のサラレギーだから、そんな可能性など|微塵《みじん》も考えないかと思っていた。
「ああ見えてイェルシーも敵が多いようだし……当たり前だよね、一国の、それも広大な土地と|民《たみ》を持つ国の|主《あるじ》なのだから、|慕《した》う友もいれば|疎《うと》ましく思う敵もいる。ユーリ、あなただってそうでしょう?」
「え? や、どうっ、かなー。そうっ、かもなー」
 |突然《とつぜん》話を振られて口ごもる。多くの場合サラレギーは、王様同士という前提の|下《もと》に話そうとする。けれど彼とおれとでは立場が異なりすぎて、素直に|頷《うなず》けないケースが|殆《ほとん》どだ。政敵に関する危機感も、恐らく必要なことなのだろうが、現在のおれにはピンとこない。
 |寧《むし》ろおれにとっての危険人物といえば、大小シマロンとその国主達なのだ。
 そして今まさに「危険! 要注意人物|名簿《めいぼ》」のトップに|記載《きさい》されている人物が、荷袋に半ば|包《くる》まれて目の前にいる。日本には、いや多分世界各国に「物は使いよう」という成句があるが、この見た目と精神に大きなギャップのある美少年王をうまく利用して問題の解決を|図《はか》れれば、ヨザックだって|担《かつ》いで走らされた|甲斐《かい》もあるというものだ。
「わたしをどう使おうか考えているね」
 おれは言葉に詰まった。
 策略家は他人の心を読む能力にも|長《た》けている。サラレギーはどこか|嬉《うれ》しげに訊いてきた。|炎《ほのお》に照らされて血色良く見えるせいで、おれが|勘違《かんちが》いしているだけだろうか。
「わたしを無事に帰すのを|交換《こうかん》条件にして、あの条約を書き直させるつもりかな?」
「そんな|人質《ひとじち》みたいなことするか」
「人質のつもりではなかったの?」
 心底|驚《おどろ》いたという顔だ。自分の命を品物みたいに|扱《あつか》われることに、|抵抗《ていこう》を覚えないのだろうか。それとも幼い|頃《ころ》から王太子として育ったから、こういう事態にも慣れているのか。
「聖砂国皇帝の弱みを|握《にぎ》るために、わたしを|捜《さら》ったのだと思っていたのに! イェルシーにすげなく断られて、予想外の事態に|茫然《ぼうぜん》自失《じしつ》のあなたを間近で見られると、心|密《ひそ》かに楽しみにしていたのに!」
「何だよそりゃ!? 助けてやったんだろ?  そっちがどう思おうと一応助けたつもりだぞ……ていうかちょっと待て。断られんの? 現皇帝の実の兄なのに、すげなく?」
 そんな意外な展開の|誘拐《ゆうかい》事件は聞いたことがない。|勿論《もちろん》これは誘拐などではないんだけど。
「その可能性もあるよ。特にあの母上が|介入《かいにゅう》してきたら、わたしなど見殺しにされる確率の方がずっと高い。母上はわたしがお|嫌《きら》いだからね。お加減が悪くて助かった」
 |厄介《やっかい》払いができてちょうど良かったとお思いかもしれないと、笑い声混じりに言う。|寂《さび》しげな様子は全くない。
「具合が悪いのが嬉しいのかよ? そんな|馬鹿《ばか》な。親子なんだろ」
「この世にはね、ユーリ。|互《たが》いに情のない親子というものが存在するんだよ。そういう意味ではわたしたちはとても良く似ている」
「とても信じらんねーな、それに」
 |納得《なっとく》させるのを|諦《あきら》めて、おれは|両肩《りょうかた》の力を|抜《ぬ》いた。首の筋肉が解れる瞬間に、引き|攣《つ》るみたいな痛みが走る。
「人質をとって、|脅《おど》して結んだ関係なんか、長続きしやしないさ」
「そうかな、わたしならうまくやれるけど。おや……」
 右手に|触《ふ》れられる。反射的に引っ込めようとしたのだが、存外強い力で|掴《つか》まれて|叶《かな》わない。サラレギーはおれの小指を火に|翳《かざ》して|眺《なが》めた。
「わたしの|贈《おく》り物だ、まだ外していなかったんだね。もうとっくに指ごと切り落としたかと思っていたのに」
「決めつけるなよ、おれの指だ」
 桜貝みたいに|磨《みが》かれた|爪《つめ》が、同じ色の|華奢《きゃしゃ》な輪をそっと|辿《たど》る。表面に|彫《ほ》られた|蔓《つる》薔薇《ばら》といくつもの太陽を確かめるように。|肘《ひじ》の内側に|鳥肌《とりはだ》がたった。
「母上がこの指輪にどんな|想《おも》いを|籠《こ》めたか知ってる?」
 知るわけがない。裏側に書かれた文字は読めなかった。直前に確かめられたのは、毒針の飛びだす|仕掛《しか》けがありはしないかくらいだ。おれはお|袋《ふくろ》の|通販《つうはん》のカタログでよく見る言葉を口にした。|遠距離《えんきょり》恋愛《れんあい》とは|質《しつ》が違うが、相手を想う気持ちは同じはずだ。在り来たりだけど胸を打つフレーズ。
「……|離《はな》れても心は|一緒《いっしょ》、とか?」
「ユーリ、あなたは本当に|可愛《かわい》らしいね!」
 また突然、サラレギーはおれに|抱《だ》き付いた。以前からスキンシップの|過剰《かじょう》な十代だったが、弟という絶好の相手ができても、他人に抱き付くのはやめないらしい。火の向こうでカチリと金属の音がした。どちらかが、或《ある》いは二人同時に剣《けん》に手を掛けたのだ。それに気付いていながらわざと、首に回した|腕《うで》の力を強める。耳元で|唇《くちびる》が動いた。
「それはね、|呪《のろ》いだよ」
 |汝《なんじ》を待つは、闇の扉ばかり。
「母からの言葉が彫られているんだ。わたしが二度とこの国に、この大陸に近付かぬように|戒《いまし》めた、とても強力な|呪誼《じゅそ》の言葉だ」
「お前、そんな指輪をおれにっ」
 おれはサラレギーの|身体《からだ》を|突《つ》き飛ばし、|慌《あわ》てて右手を引き|戻《もど》した。
「だから外してしまえと言ったのに」
「お前は……っ、お前なんか……」
 助けるんじゃなかった、|吐《は》き捨てそうになった一言を寸前で止める。助けた目的はちゃんとある、あるじゃないか。冷静に話し合うために、少し離れた位置に腰を下ろした。
「さっきも言ったとおり、きみを人質にする意図はない。だからといって王不在の機に乗じて小シマロンに|奇襲《きしゅう》をかけたり、きみ抜きでイェルシーと|交渉《こうしょう》を進めたりするつもりもないからな。|前以《まえもっ》て言っておくけど。一つ訊《たず》ねたいことがあるだけなんだ」
 なあにという具合に首を|傾《かし》げる。細い|顎《あご》を|後《おく》れ毛が|撫《な》でた。
「教えてくれ、ジェイソンとフレディっていう女の子のことだ。首都に近い|施設《しせつ》には収容されてないって聞いた。|何処《どこ》にいるのか知ってるんだう? お……きみがイェルシーに、リストに二人の名前を加えるように言ったんだよな。おれを……その」
 どうして彼がそんな考えに至ったのかは不明だが。
「|誘《さそ》い出すために?」
「そう」
「船の中で聞いて?」
「そうだよ。あなたはその子供達にご|執心《しゅうしん》のようだったから、名前を聞けば必ず現れると思った。人を使って|捜《さが》すよりも早くて確実だ。実際……そのとおりだった」
「っああ、もう|畜生《ちくしょう》っ」
 人よ、常に用心深くあれ。常に周囲を観察し、逆に自分は他人の関心を|惹《ひ》かないように注意深くなる。それが頭の良い生き方の|秘訣《ひけつ》だ。おれの場合は|脳《のう》味噌《みそ》の中までフルオープン。これが万年補欠の秘訣だ。
「余りにもうまく行き過ぎて|拍子《ひょうし》抜けしたくらいだ。名前しか知らない子供達に感謝したいくらいだよ」
「|是非《ぜひ》とも感謝を形で表してやってくれ! 助けたいんだ。どこの施設にいるか、イェルシーは知ってるんだろ? 教えてくれよ。それだけでいい、おれが助けに行くから。今度こそ自分で行く。あの子達がそこに居るのは間違いなんだ、ちょっとした行き違いなんだよ」
「|詳《くわ》しくは聞かなかったけれど」
 勢いに|呑《の》まれたのか、サラレギーはちょっと身を引いた。
「確かイェルシーの部下が言っていた。子供や元気な若者は大陸の最も北、|砂漠《さばく》の向こうの施設に送られる場合が多いって。自然環境自体が|苛酷《かこく》なので、|頑健《がんけん》な若者でも|脱走《だっそう》は不可能だからだそうだよ。けど最近では現地の|騎馬《きば》民族の|襲撃《しゅうげき》があって、法力の強い者を|強奪《ごうだつ》したり、労働力を調達したりするんだって。|恐《おそ》ろしいねえ」
 もう何が恐ろしくて|誰《だれ》が敵なのか、おれにはさっぱり|判《わか》らない。
 騎馬民族の名は、ヘイゼルの話の中でも挙がった覚えがある。|皇帝《こうてい》を|戴《いただ》く国家にありながら、|墓守《はかもり》という立場を利用して、中央の権力に従わない存在だとか。|盤石《ばんじゃく》の体制に思えた聖砂国も|完璧《かんぺき》な専制政治というわけではなく、いざ|懐《ふところ》に入って|覗《のぞ》いてみれば、様々な問題を|孕《はら》んでいたわけだ。
「あの二人は元気で子供で、法力がとても強い。となるとその、大陸の北、砂漠の向こうとやらに送られた可能性が高いわけだな」
 ヘイゼルが指した場所の中には、確かに北の施設も|含《ふく》まれていた。騎馬民族の名もその時に耳にした気がする。それだけではない、|他《ほか》に何か重要なことを言っていなかっただろうか。|墳墓《ふんぼ》があるとか、トレジャーハンターだった彼女が地球からこちらの世界に飛ばされてきたのは、皮肉なことに歴代皇帝の墓の中だったとか……。
 箱と一緒に。
「……同じ方角か」
「なに? 何と同じ方角だったの」
「何でもないんだ、サラ。教えてくれてありがとう、これであの子達を|捜《さが》しに行けるよ。感謝する」
 これ以上興味を|抱《いだ》かせないように、おれは急いで礼を告げた。箱に関する情報は、サラレギーには決して漏らしてはならない。小シマロン王に箱を持たせるのは危険だ。彼は一度、|過《あやま》ちを|犯《おか》している。マキシーンが単独で先走った結果にはなっているが、部下の過失は上司の責任でもある。二度目がないとは言い切れない。
「寒くないか? おれの分の毛布も……」
 貸そうかと言い掛けたところで、おれは動きと言葉の両方を止めた。遠くから連続した音が聞こえてきたからだ。それはちょうど|乾《かわ》いた土の上をゆく兵士達の、力強い|軍靴《ぐんか》の音に似ていた。というより恐らく、|靴音《くつおと》そのものだろう。
 誰かが地下通路に|侵入《しんにりう》したのだ。しかも一人二人ではない、音と共に|震動《しんどう》が地面を|這《は》う|程《ほど》の数だ。
「コ……」
 呼ぶまでもなく二人はそれぞれの剣を手に身を起こし、|松明《たいまつ》に|素早《すばや》く火を入れていた。彼等のことだ、|端《はな》から起きていたに違いない。
「追っ手かな」
「だとしたら、誰を追っているんです?」
 |奪還《だっかん》された|処刑囚《しょけいしゅう》はここにはいないし、|首謀者《しゅぼうしゃ》のベネラも協力者の通詞・アチラも|既《すで》にそれそれの根城へと姿を消している。すると可能性としては、サラレギー|誘拐犯《ゆうかいはん》を追って来た兵士だろうか。この場合の誘拐犯はもちろんおれたちだ。
「お前、発信器でも着けてんのかよ!?」
「ハッシンキ、何だろうそれは。あなたの国の新しい農作物?」
 サラレギーの|許《もと》には毒女キャラがいないようだ。|無駄《むだ》な発明をしない国、小シマロン。
「ああどうするかなー、誘拐したわけじゃないのに。助けたって言ったほうが近いくらいなのに。袋|詰《づ》めは少々やり過ぎだったとしても、|身代金《みのしろきん》を要求するつもりも|人質《ひとじち》に使うつもりもないのに」
 短い|髪《かみ》を|掻《か》き乱し、おれは|苛々《いらいら》とそこら中を歩き回った。ヨザックは早くも剣を抜き、コンラッドは靴音に集中している。とにかく敵の数を知りたいのだ。
「こうなったらしゃあない、腹ぁ|括《くく》って|迎《むか》え|撃《う》ちましょうよ」
「待てよグリ江ちゃん、だって誤解なんだぞ、|濡《ぬ》れ|衣《ぎぬ》なんだぞ!? こっちが傷つくのも|嫌《いや》だし向こうに|怪我《けが》させるのも気が引けるだろ!? だから今おれがこうして|尤《もっと》もらしい言い訳を考えてだな」
「わたしが話そうか?」
 見かねたサラレギーが片手を挙げていた。
「取り|敢《あ》えずわたしが責任者に会って、どうやら誘拐ではないらしい|旨《むね》、説明してきてあげようか?」
「ど、どうやって」
 サラは事も無げに答えた。
「わたしだけ部屋の外に出て。いきなり|斬《き》り|掛《か》かられたりしたら危ないから、みんなは室内で待っていればいい。少なくともこうして|袋《ふくろ》の真ん中に座っているよりは、ずっと人質っぽくなくなると思うのだけれど」
 お説はごもっともなのだが、彼の言葉にはいまいち信用がおけない。たとえば部屋から出た|途端《とたん》に敵方の隊長に抱き付き、誘拐されたの|酷《ひど》い目に|遭《あ》ったの|怖《こわ》かったのーと泣いてから、さあこの部屋に犯人一味が|潜《ひそ》んでおりますどうぞ|捕縛《ほばく》を、とおれたちを差し出すかもしれないのだ。かもしれないどころか、五割くらいの確率でそうするだろう。
 |解《わか》っていながらおれは|渾身《こんしん》の力を|籠《こ》めて石戸を引き、サラレギーの背中を押した。きっとまた|騙《だま》されると|諦《あきら》めの|溜息《ためいき》をつき、ヨザックの手を借りて戸を戻した。すると。
「開けて! 開けてユーリお願いだ、ここを開けてッ!」
 向こう側で何があったのか、サラレギーの悲鳴じみた声が聞こえてきた。|叩《たた》いてもノックにならない重い戸を、必死で|蹴《け》っているようだ。
「開けて、ここを開けてそっちに入れて!」
「|駄目《だめ》だ。何度おれを騙せば気が済むんだよ、早く連中に説明しろ、誘拐じゃないって」
「|違《ちが》うんだ! あいつらは違う、わたしを助けに来たわけじゃない。開けて、ここを開けて入れて、お願いだユーリ、殺される!」
 この演技力に幾度となく弄《もてあそ》ばれてきたのだ。どんなに|逼迫《ひっぱく》した芝居をしてみせても、それを鵜呑《うの》みにするわけにはいかない。この石戸を開けた途端、聖砂国の兵士達が雪崩れ込んできて、まず|戦闘《せんとう》能力ゼロのおれを|拘束《こうそく》する。次におれを|盾《たて》にしてコンラッドとヨザックの動きを止めさせ、最後には……。
「殺される、ユーリ!」
 差し|迫《せま》ったサラの声にぎょっとして、おれは助言を求め|両脇《りょうわき》の護衛二人を見た。一人はお|止《や》めになったほうがと言いたげで、もう一人はやけに無表情だった。
 ポーカーフェイスを|装《よそお》っていたコンラッドが、|顎《あご》に指を当てて|呟《つぶや》いた。
「小シマロン王にして現皇帝陛下の兄でもあるサラレギーを、問答無用で切り捨てられる兵士なんて……この国には……」
 最後まで聞かずにおれは石の引き戸を思い切り転がした。非力なサラでは開けられないのだ。ひと一人がやっと通れる|幅《はば》だけ開けて、サラレギーの白く細い|腕《うで》を|掴《つか》む。
「早くっ」
 ほんの|僅《わず》かな|隙《すき》間から、|硫黄《いおう》にも似た|臭《にお》いが流れ込んできた。昼と同じだ。ということは迫ってきている連中も、昼間と同じくこの世ならざる者達かもしれない。
「何を見た!?」
 余程動転したのか|両眼《りょうめ》を見開き、血の気を失った|唇《くちびる》を|戦慄《わなな》かせている。しかし|喉《のど》を押さえてどうにか息を整えると、憎らしいことに彼は|直《す》ぐに平素のサラレギーを取り|戻《もど》した。
「人じゃなかった。一歩一歩迫ってくる連中が|皆《みな》、人じゃないんだ。二足歩行はしているんだけど、どう言えばいいのか」
「|腐《くさ》ってる?」
「そう、それだよ!」
 会いたくもない新種との|邂逅《かいこう》の|瞬間《しゅんかん》が、おれたちを待ち受けていた。
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