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今日からマ王14-8

时间: 2018-04-30    进入日语论坛
核心提示:     8 喉と眼球の奥がまだ痛かった。 インフルエンザなんかで熱が高くなる直前に、眼圧が上がってこういう症状《しょう
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 喉と眼球の奥がまだ痛かった。
 インフルエンザなんかで熱が高くなる直前に、眼圧が上がってこういう症状《しょうじょう》になる。母親の話では白目は充血《じゅうけつ》して毛細血管が浮《う》き、煙《けむり》を浴びた後みたいに涙《なみだ》ぐんでいるらしい。当然、開こうとすると猛烈《もうれつ》に痛む。でも今は、ずっと閉じているわけにはいかなかった。このまま瞼《まぶた》を下ろしていれば、きっともう一度|眠《ねむ》ってしまう。
 おれは意を決して両眼《りょうめ》を開けた。
 真っ暗だった。しかも異様に天井《てんじょう》が低いらしく、息苦しい。
 右手は痺《しび》れだけが残っていて、指を動かそうとしても感覚が掴めない。自分の腕《うで》ではないような感じだ。やっとのことで持ち上げると、すぐに板にぶつかってしまった。関節が軋《きし》んで悲鳴をあげる。だが、骨には異常がないようだ。折れていたら一ミリたりとも動かせないだろう。不幸中の幸いだ。
「気がつきましたか」
 動く気配を察したのか、すぐ隣《となり》から囁《ささや》く声があった。やけに窮屈《きゅうくっ》でしかも温かいと思ったら、人の身体がくっついていた。恐ろしく狭《せま》い場所に二人して閉じ込められているようだ。
「……コンラッド?」
「はい」
「……ここはどこだろ」
「棺桶《かんおけ》の中です」
「しまったー、おれ死んだんだー」
「違《ちが》いますよ」
 声を堪《こら》えて笑うと、腹筋が震《ふる》える。肘《ひじ》が当たっているのですぐ判《わか》った。
「どうりで天井が低いわけだよ。しかもあんたまで一緒《いっしょ》ってどういうこと? 世の中棺桶不足なのか?」
「だから違いますよ、死んでません」
 だったら何故《なぜ》、棺桶……言い掛けておれは後頭部を強《したた》かに打った。おれたちを詰《つ》めた箱が大きく揺《ゆ》れたのだ。運ばれている最中《さいちゅう》なのだろう。危《あや》うく舌を噛《か》みそうになる。
「なんれこれ、ゆれて」
「静かに」
 分厚い板|越《ご》しに人の会話が聞こえた。聖砂国の言葉だ。威張《いば》り散らした強い語調の男が、もう一人を一方的に責め立てている。
「恐らく巡回《じゅんかい》中の役人でしょう。荷改めがあるかもしれません。もし開けられたら全力で死んだふりをしてください」
「よし判った、全力でだな。おいおい違うだろ、そんなこと言ったってシングルん中に二人入ってたら、どう考えても怪《あや》しいだろ」
「手前の箱はヨザックの個室だから大丈夫《だいじょうぶ》。しっ、黙《だま》って」
 分厚い布が擦《こす》れる音と、蝶番《ちょうつがい》の軋む音がした。ヨザックがいるという手前の棺桶を開けているのだ。頑張《がんば》れ、グリ江。
 静かにしていなければならないときに限ってくしゃみがしたくなるもんだが、幸いにもおれは鼻炎《びえん》持ちではなく、狭い空間の中には蠅《はえ》も蚊《か》も飛んでこなかった。ところが困ったことに吃逆《しゃっくり》が喉元《のどもと》までこみ上げてきた。手で押さえようにも、生憎《あいにく》両方とも動かせない。もう一秒も我慢《がまん》できないという瞬間《しゅんかん》に、自分のものではない掌《てのひら》が喉と口に当てられた。その冷たさで衝動《しょうどう》は治まる。
 そのまま息を潜《ひそ》めていると、やがて隣の棺桶が乱暴に閉じられて、荷台の布が元どおり掛けられた。外からは奇妙《きみょう》な泣き声が聞こえてくる。荷改めをした役人が、箱の中の遺体を見て吐いているのだと判ったら、今度は吃逆《しゃっくり》に変わって笑いがこみ上げてきた。
 しかも男が見たのは、死体の演技をしていたヨザックだ。どんな苦悶《くもん》の表情で棺桶に収まっていたのだろう。グリ江ちゃんは真の女優だ。
 しばらく待つと荷馬車がゆっくりと動きだし、おれたちは同時に長い息をついた。
「よかった、やり過ごしたらしい」
「だいたい何でこんなことになってるんだ、おれはどうして箱詰《はこづめ》に……落ちたんだっけ、バルコニーから」
 最後の記憶《きおく》が甦《よみがえ》ると、芋蔓《いもづる》式に全《すべ》てを思い出した。ウェラー卿《きょう》と親しい口をきける状況《じょうきょう》ではないことまで。
「……それにしてもあの窓から石畳《いしだたみ》の中庭に転落して無傷って、恐《おそ》ろしく強運だったんだな」
「あなたは荷車の上に落ちたんですよ。高く積み上げた干し草の上にね」
 なんだ、九死に一生スペシャルではなかったのか。
「俺とグリエも後を追って飛び降りたんです。幸い城の兵士より先にあなたを見つけたんですが、逃《に》げ場がなくて」
 おれたちを積んだ車が揺れた。デコボコ道をかなりのスピードで走っているようだ。
「そうしたら、たまたま袖《そで》が捲《まく》れていたあなたの腕の……どうしたんですか、それは。知らない間に粋《いき》がって刺青《いれずみ》でもしようとしてたんですか?」
「まさか!」
 コンラッドの話では、おれの左腕の引っ掻《か》き傷を目撃《もくげき》した荷馬車の主が、人目に付かない場所まで干し草ごと運んでくれたらしい。今度はその地点で待ち受けていた葬儀《そうぎ》屋が役目を引き継《つ》ぎ、遺体の運搬《うんぱん》に見せ掛《か》けて、街外れの墓地まで乗せてくれているのだという。
 あの六角形の印は何かのパスポート代わりだったのだろうか。そんな意外な効能があるとは思わなかった。少女はベネラの名前を伝えながら、短い爪《つめ》で一生|懸命《けんめい》描《か》いてくれたのだ。そういえばあの形は、大胆《だいたん》に略したダイヤモンドにも似ていた。
 登城する前の広場でも、あの模様を地面に描いた少年を見た。聞き覚えのある曲を大声で歌いながら。あれは何の歌だったろう、どんなタイトルだったろう。ヨザックは知らないと言っていたが、おれとコンラッドは覚えていた。
「なあ、コンラッド、あの歌……」
「棺桶は二つで俺達は三人、誰《だれ》かが窮屈な思いをするしかなかったんです。ご不快でしょうが、俺とヨザックの組み合わせでは、サイズの問題が生じまして。いま何か言いましたか?」
「いや別に」
「更《さら》に陛下とヨザックでも、奴《やつ》の上腕《じょうわん》二頭筋が災《わざわ》いして蓋《ふた》がしっかり閉まりませんでした。ヨザックは反対しましたが、結果としてこんなことに」
 隣の棺桶からごく小さなノック音がする。指先で内側を叩《たた》いているのだ。おれも右側の壁を叩いてやった。安心しろ、無事だ。
「……陛下?」
 ウェラー卿は怪訝《けげん》そうな声になった。真っ暗で顔が見えないので、口調や体温で察するしかない。
「何か言いたいことがおありでしたら」
「あんたがおれを殺すんじゃないかと思ってるんだよ」
 一瞬《いっしゅん》、相手の呼吸が止まる。
「おれもヨザックも」
 肘に当たっていた鼓動《こどう》が速まった。
「海であんなことがあっただろ、だから」
「今は大丈夫です」
 息とも言葉ともつかない返事が続く。
「出口もないのに、突《つ》き飛ばしたりしません」
「出口?」
「いいえ、いいんです。とにかく今は仲間割れをしている場合ではない。それくらい俺にも判っています」
「仲間割れね」
 割れる以前に仲間と呼んでいいのかどうか。おれたちは眞魔国の代表で、ウェラー卿は大シマロンの使者だ。しかもつい先日までは、信頼《しんらい》できる部下達と離《はな》れたサラレギーの、心強い警護役だったはずだ。
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 小シマロン王サラレギーと、その弟である聖砂国|皇帝《こうてい》イェルシーに追われる身となったおれたちとは、国も立場も異なる。
「仲間とは呼べないかもしれませんね」
 コンラッドの呟《つぶや》きを聞いて、ああやっぱりと思った。差し出した手を握《にぎ》り返してもらえなかったときから、何となく覚悟《かくご》はしていたのだ。彼はもう二度と還《かえ》ってこないのではないかと。だからおれにとって彼の話の続きは、予想外の展開だった。
「サラレギーはあなたを手元に置いておきたいような口振《くちぶ》りでした。いくら知恵《ちえ》が回るとはいっても、まだ十七の若者です。同年代で同じ地位に就《つ》くあなたとの旅が、満更《まんざら》でもなかったのでしょう。気に入られたんですよ」
「気に……殺されかけたのに!?」
 友人|獲得《かくとく》行動だとしたら、随分《ずいぶん》と乱暴な愛情表現だ。
「彼は待っていたんですよ。あなたが自分の足元に跪《ひざまず》いて命乞《いのちご》いするのを」
「おれはそんな子に育てたつもりはありません」
 笑いで喉《のど》を鳴らしたが、彼はすぐに真剣《しんけん》な口調に戻《もど》った。
「約束してください」
「約束? 内容によりけりだ。理不尽《りふじん》なものだったら約束なんてしない」
 コンラッドが頭を振《ふ》ると、前髪《まえがみ》が頬《ほお》を繰《く》り返し掠《かす》めた。
「命に関《かか》わる大切な話です。もしあの兄弟に追い詰《つ》められたら」
 間を置くように言葉を切る。心臓の鼓動で四|拍《ぱく》分だ。
「俺とグリエのことは考えずに行動してください。あいつはあなたを殺しません、絶対に。他《ほか》の者のことなど虫けらとも思っていないでしょうが、あなただけは違《ちが》う。サラレギーはあなたを傷つけはしても、命までは奪《うば》わない」
「根拠《こんきょ》は、気に入られてる説か? 馬鹿《ばか》らしい!」
 おれは痛みの軽くなった目を閉じて、瞬《まばた》きを無駄《むだ》に繰《く》り返した。徐々《じょじょ》に涙《なみだ》が満ちてくる。
「おれが気に入られてるなら、あんただってそうだろう。ほんの数日前までお世話係で、寝室《しんしつ》で人間ハンガーまでやらせてたんだぜ? ウェラー卿を嫌《きら》いなわけがない」
「けど俺は、知りすぎました」
 何を知ってしまったのかは、尋《たず》ねるまでもなかった。
 小シマロン王サラレギーは、聖砂国と眞魔国との三者間で、自国優位な条約を締結《ていけつ》し、その膨大《ぼうだい》な戦力を利用して、世界の覇権《はけん》を我がものにせんとしている。彼の構想の中に大シマロンは入っていない。逆にベラール家率いる大シマロンは、制圧すべき敵として数えられている。
 大シマロンにとっては獅子《しし》身中の虫ともなる非常事態だ。
「そうか、結果としてサラレギーは大シマロンをも裏切ろうとしているんだ。ちょっと待てよ、それを知っちゃったあんたは」
「当然、生きては帰すまいと思っているでしょうね。サラレギーは」
「生きて、って、あイテ」
 またしても舌を噛《か》みそうに大きく揺《ゆ》れてから、車は柔《やわ》らかい土の上で止まった。葬儀屋らしき男が棺《ひつぎ》の蓋を開ける。眩《まぶ》しさに備えて両目を眇《すが》めたのだが、光は差し込んでこなかった。夜だったのだ。
「あんたるー、ぼちぼちでんなー」
「ああ成程《なるほど》、ここは墓地ですな」
「るるぶベネラるるぶ」
 ベネラは観光情報誌か!? 聖砂国語は難しかった。
 葬儀屋は一刻も早く馬車を引き上げたそうだった。正直、これ以上深入りしたくない様子だ。無理もない、おれたちは今や皇帝陛下とその兄君に追われる身だ。ここまで乗せてくれただけでも御《おん》の字だ。
「坊《ぼっ》ちゃん、無事でよかったわ! まったくもう、子供の時から無鉄砲《むてっぽう》なんだから」
 先に降りたヨザックに抱《だ》き締《し》められ、ハンマー投げ状態で回されながらも、おれはコンラッドが、柔らかく湿《しめ》った土に踵《かかと》を下ろしながら言うのを聞いていた。
「この墓場に埋《う》められずに済むように、どうにか逃《に》げ延《の》びるさ」
 彼は靴《くつ》先を見詰《みつ》め、それから顔を上げて立ち並ぶ墓標に眼をやった。墓場を流れる湿った風は、おれたちの髪《かみ》や頬を遠慮《えんりょ》なく撫《な》でてゆく。
 おれはふと頭に浮かんだ形容詞を、誰に当てはまるのかろくに確かめもせずに口にした。
「そうか、淋《さび》しいんだなウェラー卿《きょう》」
「はあ?」
 ヨザックが間の抜《ぬ》けた声をあげた。
「だってそうだろう? ついこの間まで、あんなに懐《なつ》いてたんだぞ? お風呂《ふろ》も一緒《いっしょ》、寝《ね》るのも一緒だったじゃないか……見てないけど、多分。しかもあんなに綺麗《きれい》で可愛《かわい》かった子がだよ、今日になっていきなりあの変貌《へんぼう》だ。……判《わか》るよ、ショックだよな。あんなに一八○度変わられちゃなあ。おれだって……何だよ二人とも、その顔は」
 ヨザックもコンラッドも、棒の先で珍《めずら》しい物体でも突《つつ》くような眼でおれを見ていた。グリ江なんか口まで半開きだ。
 ひとが気を遣《つか》っているのに、失礼な。
「でもまあ、今はおれしか王様がいないんだから」
 おれは柔らかい土を爪先《つまさき》で蹴飛《けと》ばした。
「たまには陛下って呼んでもいいぞ?」
 ……なんか骨が出た。
 ウェラー卿はまだ戻らないだろう。元どおりのシンプルで心地いい関係に戻るのは、もう二度と無理かもしれない。だが少なくとも今だけは、聖砂国にいる間だけは、おれたちは三人とも同胞《どうほう》だ。
 腹を探《さぐ》ったり疑ったり、互《たが》いに傷つけ合わなくてもいいのだ。
 何よりも驚かされたのは、そういう理由ができた途端に、予想以上にホッとしている自分にだった。
 突然《とつぜん》、遠くで犬が吠《ほ》えた。付近には松明《たいまつ》もちらついている。おれたちを尾《つ》けてきた追っ手か、それとも異変に気付いた見回りか、いずれにせよここにもそう長くは居られない。どこか抜け道を探して、潜伏《せんぷく》できる場所まで逃げなくては。
「明かりを……」
「そんなものつけたら勘《かん》付かれますよ」
「陛下陛下、ほら」
 ヨザックが空を指差した。
「お月様がいるじゃない」
 反応に困ったおれの視界を、宵闇《よいやみ》よりも更《さら》に濃《こ》い影《かげ》が過《よ》ぎった。この静まり返った墓地に、おれたち以外にも誰《だれ》かいる。
「こっちだよ!」
 その影が短く鋭《するど》い声で呼んだ。当然犬の耳にも届いたらしく、いっそう激しく吠え立てる。
「早く!」
 影は右手を上げておれたちを招きながら、反対方向に生臭《なまぐさ》い塊《かたまり》を投げた。動物の気を引く作戦だろう。疑う余裕《よゆう》もなくついて行く。誘導者《ゆうどうしゃ》は頭からすっぽリマントを被《かぶ》っていたが、前をゆく小《こ》柄《がら》な姿を見ているうちに、女性なのではないかという気がしてきた。
 だとしたら、こんな暗い墓地で、救いの女神《めがみ》に出会えたわけだ。
 壁《かべ》を昇《のぼ》り、溝《みぞ》を跳《と》び越《こ》えて、走れるだけ走ってもう息が切れた頃《ころ》に、ようやく女神は足を止めた。そこは沼地《ぬまち》らしき場所で臭《にお》いも酷く、二、三|軒《げん》の掘《ほ》っ建て小屋があるとはいえ、どう見ても人の住める土地ではなかった。
 しかし、小屋には明かりがあった。
 煌々《こうこう》と燃える炎《ほのお》に照らされて、恩人の顔がようやく判る。フードの下に隠《かく》されていたのは、夕刻、宮殿《きゅうでん》の前で見た老婆《ろうば》だった。
「あんたたち、ベネラを捜《さが》しているんだってね」
 彼女はおれの片袖《かたそで》を捲《まく》り上げて、貨物船上で少女につけられた六角形のマークを見た。満足そうに鼻を鳴らす。
「誰に貰《もら》ったのかは知らないけれど、これはあたしたち反抗者《はんこうしゃ》のマークだ。そしてあたしがそのベネラだよ」
 ベネラだって!?
 ジェイソンとフレディの手紙で解読できた固有名詞。そして貨物船上で少女がおれに伝えた名前。地名か人名かも判らなかった単語の主と、こんなに偶然《ぐうぜん》巡《めぐ》り会えるなんて。
 おれたちは運がいい。つい数十分前に死にかけたのも忘れて、おれは諸手《もろて》を挙げて大喜びしたくなった。相手が初対面の女性でなければ、飛びついて抱き締めているところだ。
 しかしフードの下からのぞく顔と汚《よご》れた白髪頭《しらがあたま》は、確かにあの時の肥車《こえぐるま》をひっくり返した老婆だった。このお年寄りが何らかの理由で危機的|状況《じょうきょう》に陥《おちい》っていて、ジェイソソとフレディはそれをおれに訴《うった》えたかったのだろうか。
 ベネラ、希望。ベネラは希望、そう書かれていた。
「……お婆《ばあ》さ……失礼、奥さんが?」
 おれの訂正《ていせい》を聞くと、彼女はあまり女性らしくなく豪快《ごうかい》に笑った。
「いいんだよ、坊や。婆さんで結構。どう見たってあたしは純粋《じゅんすい》無垢《むく》な乙女《おとめ》じゃない。ただの小汚い年寄りさ。それよりあんたたち、仲間の子供を助けようとしてくれたろう。ありがとう、感謝している。親切な人だ」
 さっきからヨザックは妙《みょう》な顔で頭を掻《か》くばかりで、会話に参加してこない。何故《なぜ》だろう、彼のセクシー対抗《たいこう》意識を刺激《しげき》するポイントでもあったのだろうか。
「見たところ異国の人間なのに、よくここまで辿《たど》り着いたね。出島から奥に入るには、相当の身分か賄賂《わいろ》がないと不可能だ。ということはもしかして」
 マントを脱《ぬ》ぎ捨てると、老婆は腰《こし》に手を当て勢いをつけて伸《の》びをした。関節の鳴る音があまりに凄《すご》いので、おれたち三人とも呆気《あっけ》にとられてしまった。小柄な身体《からだ》が真っ直《す》ぐになる。本当は腰など曲がっていないのに、肉体が衰《おとろ》えたふりをしていたのだ。だからといって彼女が若いかというと、そうではない。
 彼女の顔や首、手の甲《こう》にまで、彫《ほ》ったような皺《しわ》が残っていた。顔だけ見れば七十は余裕で越えているが、足取りやきびきびした話し方は、どう見ても老人とは呼べそうになかった。それにあの走る速さだ。高い壁を軽々と乗り越える七十代の老婆なんてどこにいるだろう。
「あんたたちが噂《うわさ》の魔王様|御《ご》一行かい?」
「どうしてそれを」
「どうしてって」
 ベネラはおれとコンラッドに、悪戯《いたずら》っぽくウィンクしてみせた。
「ゴミ捨て場やトイレには、いつでも最新のゴシップが流れてくるものなんだよ。それに宮殿の下働きの中には知り合いがいる。皆《みな》、親が奴隷《どれい》だった者ばかりだけどね。そうそう」
 関節の浮《う》いた指で腰の巾着袋《きんちゃくぶくろ》を探り、大切そうに何かを取り出す。影の大きさは五百円玉くらいだ。
「落とし物を渡《わた》しておかないと。このペンダントは魔石だ、あんたたちの持ち物だろう?」
 皺の多い痩《や》せた指に紐《ひも》を引っ掛《か》け、青い魔石をぶら下げて見せる。ちょうどおれの目の高さで、空より強く濃《こ》いブルーが揺《ゆ》れていた。
「うわ! 見つかったんだ。よかった、もう絶対|駄目《だめ》だと思った。まさか戻《もど》ってくるなんて」
「なぁに、大切な物というのは、本当の持ち主の元へと戻ってくるものだよ。あるべき物をあるべき場所へ、そして持つべき人の元へ。それがあたしの昔の仕事。今はしがない荷車引きの婆さんだけどね」
「持つべき人……」
 数秒考えてから、魔石をウェラー卿に渡そうとした。けれど腕を動かすより先に、コンラッドの手がおれの掌《てのひら》に重なり、指をぎゅっと閉じさせてしまう。彼はゆっくりと首を振った。
「あー、ところで」
 ヨザックが得意の咳払《せきばら》いと共に割り込んできた。だがベネラの方は向かない。おれにだけ話し掛けてくる。
「坊《ぼっ》ちゃんたち、またオレの知らない異国語で喋《しゃべ》ってらっしゃるんですけど。聖砂国語の次は何語? 古代ヌケロニア語? よかったらグリ江にも判るように説明して。そしてこの背筋のシャンとした老婦人の話も、ちょびっとずつでいいから通訳してもらえないかしら」
「え、おれたち普通《ふつう》に喋ってるよなコンラッド」
 黙《だま》り込んでいたウェラー卿が、ぽつりと短い言葉を漏《も》らした。
「ヘイゼル……」
 また人名だ。傷のある眉《まゆ》が、深刻そうに顰《ひそ》められた。眉間《みけん》に彼の兄そっくりの皺が寄る。彼女の顔にも名前にも心当たりのないおれとヨザックは、成り行きを見守ることしかできない。
 
 
 
 
 
「ヘイゼル・グレイブス。あなたが何故《なぜ》、ここに」
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