おじいさんは、毎日朝になると、しばを入れるしょいこを背負い、山へ入っていきました。
そして、一日中しばをかっているのです。
きょうも、しばをいっぱい背負い、山から出てきました。
「さて、ボツボツ帰るとするか。うん? あれはなんじゃ?」
おじいさんが帰ろうとすると、子ギツネが一匹、いっしょうけんめい木の実をとろうとしていました。
「はて、キツネでねえだか」
この子ギツネ、足がわるいらしく、いくらがんばっても、うまく木の実がとれません。
「よしよし、わしがとってやろう。よっこらしょ。さあ、これをお食べ。それじゃあ、わしはいくからな」
子ギツネは、おじいさんのしんせつがよほどうれしかったのか、いつまでもいつまでも、おじいさんの後ろすがたを見送っていました。
そんなある日、おじいさんは町へ買い物に出かけましたが、帰りがすっかりおそくなってしまいました。
「いそがなくては」
すっかり暗くなった日ぐれ道を、おじいさんがいそぎ足でやってきますと、おかの上で子ギツネが待っていました。
「あれまあ、こないだのキツネでねえだか」
なにやら、しきりにおじいさんをまねいているようすです。
おじいさんは、キツネの後をついていきました。
子ギツネは、わるい足をひきずりながら、いっしょうけんめいに、おじいさんをどこかへ案内しようとしています。
ついたところは、竹やぶの中のキツネのすみかでした。
「ほう、ここがおまえの家か」
キツネの家には、お母さんギツネがおりましたが、病気でねたきりのようです。
お母さんギツネが、なんどもなんどもおじいさんにおじぎをしています。
息子を助けてもらったお礼を、いっているようにみえました。
そのうち、おくからなにやらとりだしてきました。
それは、一まいの古ぼけたずきんでした。
「なにやら、きたないずきんじゃが、これをわしにくれるというのかね。では、ありがたくいただいておこう」
おじいさんは、お礼をいってずきんをうけとると、もときた道を一人で帰っていきました。
子ギツネは、いつまでもおじいさんを見送りました。
さて、あくる日のこと。
おじいさんが庭でまきをわっていますと、ヒラリと、足もとになにかがおちました。
「これはゆんべ、キツネからもらったずきんじゃな。・・・ちょっくらかぶってみるか」
おじいさんはずきんをかぶって、またまきわりをはじめました。
すると、
「うちのていしゅときたら、一日中、巣の中でねてばかり。いまごろは、すっかり太りすぎて、とぶのがしんどいなぞというとりますの」
「ほう、やせのちゅん五郎じゃった、おたくのていしゅがのう」
なにやら聞いたこともない話し声が、おじいさんの耳に聞こえてきました。
「はて、たしかに話し声がしたが、だれじゃろう?」
家の中をのぞいてみましたが、だれもいません。
「うら林のちゅん吉が、はらがいたくてすっかり弱っとるそうじゃ」
「それは、木の実の食べすぎじゃあ」
おじいさんは、また声に気がつきました。
「おかしいのう。だれか人がいるようじゃが、やっぱりだれもおらん」
おじいさんは、家をグルリとひとまわりして、ヒョイと上を見上げました。
「うん? もしかしたら、このずきんのせいでは」
おじいさんは、ずきんをぬいだりかぶったりしてみました。
「やはりこれか」
キツネがくれたこのずきんは、これをかぶると、動物や草や木の話し声が聞こえるという、ふしぎなずきんだったのです。
おじいさんは、キツネがこんなにたいせつなものを自分にくれたことを、心からうれしく思いました。
さて、つぎの日から、おじいさんは山へいくのがこれまでよりも、もっともっと楽しくなりました。
ずきんをかぶって山へ入ると、小鳥や動物たちの話し声が、いっぱい聞こえてきます。
えだに止まって話している小鳥。
木の上で話しているリス。
みんな楽しそうに、話しています。
おじいさんは、山でしばをかりながら、小鳥や動物のおしゃべりを聞くのが楽しくてしかたありません。
「わたしゃ、のどをいためて、すっかり歌に自信がなくなっちまった」
「そんなことございませんよ。とってもよいお声ですわ」
「そうかな、では、いっちょう歌おうかな」
なんと、虫の話し声まできこえるのです。
おじいさんはこうして、夜どおし虫たちの歌声に耳をかたむけていました。
一人ぐらしのおじいさんも、これですこしもさびしくありません。
そんなある日のこと。
おじいさんが、山からしばを背負っておりてきますと、木の上でカラスが二羽、なにやらしゃべっています。
おじいさんはきき耳ずきんをとりだしてかぶり、耳をすましますと、
「長者(ちょうじゃ)どんの娘がのう」
「そうよ、もう長いあいだの病気でのう。この娘の病気は、長者どんの庭にうわっとる、くすの木のたたりじゃそうな」
「くすの木のたたり? なんでそんな」
「さあ、それはくすの木の話を聞いてみんとのう」
カラスのうわさ話を聞いたおじいさんは、さっそく長者の家をたずねました。
長者は、ほんとうにこまっていました。
一人娘が、重い病気でねたきりだったからです。
おじいさんはその夜、くらの中にとめてもらうことにしました。
ずきんをかぶって、待っていますと。
「いたいよ。いたいよ」
くらの外で、くすの木のなき声らしきものが聞こえます。
くすの木に、なぎの木と、松の木が声をかけました。
「どうしました、くすの木どん?」
「おお、こんばんは。まあ、わたしのこのかっこうを見てくだされ。新しいくらが、ちょうどこしの上にたってのう。もう、苦しゅうて苦しゅうて」
「それは、お困りじゃのう」
「それでのう、わしは、こんなくらをたてた長者どんをうらんで、長者どんの娘を病気にして、こまらせているんじゃ」
くらの中のおじいさんは、くすの木たちのこの話を聞いて、すっかり安心しました。
(くらをどかしさえすれば、娘ごのやまいは、かならずよくなる)
つぎの日。
おじいさんは、長者にこのことを話しました。
長者は、すぐにくらの場所をかえることにしました。
それから何日かたって、くらの重みがとれたくすの木は、元気をとりもどして、青い葉をいっぱいにしげらせたのです。
長者の娘も、すっかり元気になりました。
長者は大よろこびで、おじいさんにいっぱいのお宝をあげました。
「これは、キツネがくれたずきんのおかげじゃ。キツネの好物でも買ってやるべえ」
おじいさんは、キツネの大好きな油あげを買って、山道を帰っていきました。