この男はたいへんなものぐさ、つまり怠け者でした。
一年中仕事もせず、四本の竹を立てて、その上にむしろをのせて、小屋として住んでいました。まともな家すらないのです。
そのくせ頭の中では自分のすみかを池があって蔵が立ち並ぶ立派なお屋敷と空想していました。
そんなものぐさ太郎でしたが、たった一つ、夢中になって取り組んでいるものがありました。歌です。
この頃の歌というのは「五?七?五?七?七」の三十一文字の中に自然の美しさやいろいろな気持ちをこめるのです。なかなか難しいものです。
村人が一生懸命田んぼの仕事をしている間、ものぐさ太郎は「これだっ!」とか「いや、違うな…」とか一人でブツブツ言ってます。
着物がヨレヨレでも、髪の毛はフケだらけでも、全く気にしません。
ある秋の日、ものぐさ太郎はぼーと空を眺めておりました。朝からずっとです!
見かねた村の者が、
「太郎どん、なにをそんな空ばかり見とるだ」
と話しかけますと、
「あーー、おら雲を見とるだよ。ほれえー、あの雲。ちぎって握り飯にして食うたらうまそうだべえ。ええなー思ての」
「どうも呆れ返ったね。そんな食えもせん雲なんか見とっても仕方あるめえ。ほれ、おらの握り飯をやるだ」
「おお、すまんこった。もぐもぐ…ちょっと塩気が足りねえな」
「贅沢ゆうなや」
ところがその時ものぐさ太郎の目の色が変わります。
「できた…できたで!」
「は?何ができたんや?」
そこでものぐさ太郎は声高らかに、
秋風に たなびく雲の けしきより 口にほりこみ 食うにぎりめし
と、歌をよむのでした。「できた!できた!傑作じゃ!」おおはしゃぎです。村人はわけがわからずキョトーンとしてました。
とにかく歌だけがだいじで、他はすべて、どうでもいい男でした。
しかし村人はなぜかものぐさ太郎を憎めませんでした。
それどころか、ものぐさ太郎に相談事をする者が多いのです。
「まあ太郎どん聞いてくれ。うちのおっ母と嫁がケンカばかりしとるんじゃ」
「ほうほう」
「昨日なんぞな、おっ母がこのクソ嫁出てけーちゅうてな」
「ほうほう」
「じゃが嫁もまけとらん。年寄りが興奮すると血管がぶち切れて死にまっせオホホと笑うんじゃ」
「ほうほう」
「家の中はもう…毎日ガタガタじゃ。困ったもんじゃよ…」
「ほーーう、なるほど」
「ほうほう」「なるほど」しか言わないのです。マトモに聞いているかどうかもあやしいかんじですが、話の最後には
しゅうとめが ののしる声に 嫁もまた 怒鳴り散らして 家はガタガタ
と、相談されたことを歌にしてみせるのです。
すると相談した人は何かバカバカしいような、拍子抜けしたような、悩んでいた自分がアホに思えてきて、気が楽になって帰っていくのでした。
そんなわけで村人たちは、まるでお地蔵さんにお供えをするようにものぐさ太郎に食べ物を与え、大切に取り扱っておりました。
このものぐさ太郎、後に都に上り、信濃守護職というえらいお役人になります。それは後のお話です。