寺はとても立派ですが、困ったことに、この寺の和尚(おしょう)ときたら、勉強が嫌いな上に、物知らずです。
さて、ある日のこと、一人の旅の坊さんがやってきて、
「それがし、禅問答(ぜんもんどう)をいたそうとぞんじて、まかりこしたが、寺の和尚どのはおられるかな」
と、ちょうど玄関の掃除をしていた、この寺の和尚さんにたずねたのです。
さあ、問答と聞いて、和尚さんはビックリしました。
相手は仁王(におう)さまのような大男。
しかも、あちこちの寺をまわり歩いては問答をしかけ、一度も負けたことはござらぬという顔です。
(こりゃあ、どえらいことになったわい。いったい、どうしたもんじゃろう。・・・そうじゃ。もち屋の六助(ろくすけ)がよい)
と、思いつき、ともかく、旅の僧を本堂に案内して、
「和尚さまは、ただいま、お留守にございますが、近くにまいっておられますので、さっそくよんでまいりましょう」
言い終わると、ころげるように、もち屋の六助の家へ行きました。
「六助どの。たったいま、これこれ、しかじか。ぜひ、わしの身代わりになって、問答をやってくだされ」
と、両手をあわせて、たのみました。
日頃から、信心(しんじん→神仏を思う気持ち)ぶかいもち屋の六助は、
「へえ、和尚さまのおためなら」
と、引き受けました。
六助は和尚さんの部屋で着替えると、しずしずと本堂に入って、旅の僧と向かい合いました。
和尚さんが隠れて様子を見ていると、さっそく、もち屋と旅の僧の問答が始まりました。
「白扇(はくせん)さかしまにかかる東海(とうかい)の天」
旅の坊さんが口を開きました。
雪をいただいた富士山(ふじさん)が、白い扇(おおぎ)を、さかさまにかけたように、海にうつっているが、そのながめはいかに?
と、聞いたのですが、わけのわからないもち屋の六助は、うんともすんともいいません。
すると旅の僧が、
「和尚どのは、無言(むごん)の行(ぎょう)でおわすか?」
と、聞きました。
六助は、それにも答えません。
二人の間で、無言の行がはじまりました。
しばらくして旅の僧が、右手を上げて、人差し指と親指とで、小さな輪をつくれば、六助はそれを見て、両手を上げて大きな輪(わ)をつくりました。
すると旅の僧は、おそれいったという様子で、ていねいに頭をさげます。
そして今度は、人差し指を一本、突き出して見せました。
六助はすばやく、五本の指をパッと開きます。
旅の僧は、また、ていねいに頭をさげました。
今度は三本の指を、高く差し上げました。
するとそれを見た六助は、アカンベエをしたのです。
それを見た旅の僧は、あわてて両手をついて、
「ははーっ」
と、頭をたたみにすりつけると、逃げるようにして寺から出ていきました。
和尚さんは、ホッと胸をなでおろしました。
それにしても、今の問答は、なんともわけがわかりません。
そこで和尚は、小僧をよんで、
「お前、いまの僧がとまっておる宿(やど)ヘ行って、わけを聞いてこい」
と、いいつけました。
宿にやってきた寺の小僧さんを前にして、旅の僧は冷や汗をふきながらいいました。
「いやはや、わしも天下の寺でらを歩いて、問答をいたしたが、今日ほど、えらいめにおうたことはない。
まずわしが、このように輪をつくって、
『太陽は、いかに?』
と、問いかけたのじゃ。
すると和尚どのは、
『世界を照らす!』
と、大きな輪をつくって見せてくだされた。
次に、
『仏法は、いかに?』
と、人差し指を差し出すと、パッと五本の指を出されて、
『五界を照らす!』
と、答えなさる。
負けてはならじと、三本の指を出して、
『三仏身(さんぶつしん)は、これいかに?』
と、問いもうした。
すると和尚どのは、『目の下にあり』と、答えなされたのじゃ」
そこまでいうと旅の僧は、しみじみと小僧さんの顔を見て、
「お前さんはまだ年が若いで知るまいが、
三仏身とは、すなわち法身(ほっしん)・報身(ほうしん)・応身(おうしん)のご三体で、ほっしんとは宇宙の法理であって、光明かがやく仏さま。
ほうしんとは、世のもろもろの悪を清め、われわれ人間はじめすべての生物をお救いなさる阿弥陀如来(あみだにょらい)さま。
おうしんとは、ときに応じて、われわれをみちびくために現れなさるお方、いわばお釈迦(しゃか)さまじゃ。
このもったいないお三方が、和尚どのの目下にあるとは、ああ、なんと、なんと」
旅の僧は涙ぐんで、小僧さんの前に手をつくと、
「まことに、まことに、あのようなお方にお目にかかるばかりか、問答などをいたしまして、いやはや、面目(めんもく)しだいもございませぬ」
と、わびるようにいいました。
小僧さんは、
(ヒェー! あのもち屋の六助さんが)
と、ビックリして寺ヘ帰ってきました。
すると、これはまたどうしたことか、六助さんは和尚さんを前にして、カンカンに怒っています。
小僧は、六助さんの前に手をついて、ていねいに、
「もし、もし。六助さま。いったい、どうなさいました?」
と、たずねると、もち屋の六助は、
「なさいましたも、クソも、ないもんだ。えーい、わしゃ、この年までいろんな人におうてきたが、今日の坊主ほど、ずうずうしいやつにおうたことはないわい」
「・・・?」
「あのクソ坊主め。手まねで小さな輪をつくって、
『おまえのもちは、これくらいか?』
と、聞きおった。
わしは、腹がたってこんちくしょうとばかり、両手で、でっかいやつをつくって見せたわい。
すると今度は、人差し指を差し出して、
『それはいくらか?』
と、聞く。
わしが、
『五厘じゃ!』
と、五本の指を出せば、坊主め、三本の指を出しおって、
『三厘にまけろ』
と、ぬかしおった。
あんまり腹がたったもんで、わしゃ、アカンベエをしてやったわい」
と、いったのです。