武太夫は大金持ちでしたが、それにはわけがありました。
数年前のある日、山奥の谷川のふちの底に、大量のうるしを見つけたのです。
うるしは、うるしの木の皮から取れる汁で、おわんなどのぬり物につかわれます。
そのうるしが長いあいだ水に運ばれて、ふちの底にたまったのです。
うるしは高価な物で、無断で取ることを禁じられていましたが、武太夫はこの谷川の底のうるしを少しずつ売り、大金持ちになったのです。
武太夫は秘密のうるしを、いつまでも自分だけのものにしておきたいと思いました。
それで腕の良い細工師(さいくし)に、恐ろしい竜の細工をつくらせて、人が怖がってよりつかないように、うるしのあるふちの底に沈めたのでした。
しばらくすると竜の細工は、上流から流れてくるうるしや水あかなどがついて、本物の竜のようになっていました。
ある時、武太夫は十四歳になる一人息子の武助(たけすけ)を連れて、山奥のふちへいきました。
そして、うるしの秘密を話すと、
「このうるしは、わしらだけのものじゃ。わざわざ木を切りつけて汁を取らなくても、いくらでもここへたまっておる。いいか、わしがするのをよく見て、うるし取りの練習をするんだぞ」
武太夫は息子にいいきかせて、親子でふちへ入っていきました。
すると竜の細工が、とつぜん頭を動かしたのです。
「おとう! 竜が! 竜が動いた!」
「何を馬鹿な。水の動きで、そう見えるだけだ」
と、 武太夫は言ったものの、見てみると、竜が大きな口を開けて、息子に襲いかかったのです。
細工の竜は水の中にいるうちに魂が入って、いつしか本物の竜になっていたのです。
あわてた武太夫は息子を助けようとしましたが、竜が相手ではどうにもなりません。
「武助ー!」
「おとうー!」
やがてふちの水の上に、二つの死体が浮かびあがって下流へ流れていきました。
二人の死体は二日目になって、村に近い川原で引き上げられました。
取り調べの結果、武太夫はうるしの盗み取りをしていたことがわかりました。
そして罰(ばつ)として、新しく建てたばかりの家や財産は、全て取り上げられてしまったのです。
あとに残された武太夫の父親と奥さんは、とても貧しい生活を送ったという事です。