かしら洗ひ化粧(けさう)じて、かうばしうしみたる衣(きぬ)など着たる。ことに見る人なき所にても、心のうちはなほいとをかし。待つ人などのある夜、雨の音、風の吹きゆるがすも、ふとおどろかる。
(現代語訳)
心がときめくもの。雀の子を飼うこと。幼児を遊ばせている所の前を通ること。上品な香をたいてひとり身を横たえているとき。中国渡来の鏡が少し曇っているのを見つけたとき。身分の高い男性が家の前に車を止めて、従者に取次ぎをさせ、何かを尋ねているのを見るとき。
髪を洗い、化粧をして、香の薫りがしみた着物などを着たとき。とくに見てくれる人がいなくても、心の中はやはりとても快い。待つ男性がある夜、胸がどきどきして雨の音や風が戸を吹きゆるがすのにも、はっとしてしまう。