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阿势登场 三(1)

时间: 2022-04-03    进入日语论坛
核心提示:三 まっ暗な、樟脳(しょうのう)臭い長持の中は、妙に居心地がよかった。格太郎は少年時代の懐(なつか)しい思出に、ふと涙ぐまし
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 まっ暗な、樟脳(しょうのう)臭い長持の中は、妙に居心地がよかった。格太郎は少年時代の(なつか)しい思出に、ふと涙ぐましくなっていた。この古い長持は、死んだ母親の嫁入り道具の一つだった。彼はそれを(ふね)になぞらえて、よく中へ入って遊んだことを覚えていた。そうしていると、やさしかった母親の顔が、闇の中へ幻の様に浮んで来る気さえした。
 だが、気がついて見ると、子供達の方は、探しあぐんでか、ヒッソリして了った様子だった。暫く耳をすましていると、
「つまんないなあ、表へ行って遊ばない」
 どこの子供だか、興ざめ顔に、そんなことを云うのが、ごく幽に聞えて来た。
「パパちゃあん」
 正一の声であった。それを最後に彼も表へ出て行く気勢だった。
 格太郎は、それを聞くと、やっと長持を出る気になった。飛び出して行って、じれ切った子供達を、ウンと驚かせてやろうと思った。そこで(いきおい)込んで長持の蓋を持上げようとすると、どうしたことか、蓋は密閉されたままビクとも動かないのだった。でも、最初は別段何でもない事のつもりで、何度もそれを押し試みていたが、その内に恐しい事実が分って来た。彼は偶然長持の中へとじ込められて了ったのだった。
 長持の蓋には穴の開いた蝶交(ちょうつがい)の金具がついていて、それが下の突出した金具にはまる仕掛けなのだが、さっき蓋をしめた時、上に上げてあったその金具が、偶然おちて、錠前を(おろ)したのと同じ形になってしまったのだ。昔物の長持は堅い板の隅々(すみずみ)鉄板(てついた)をうちつけた、いやという程巖乗(がんじょう)代物(しろもの)だし、金具も同様に堅牢(けんろう)に出来ているのだから、病身の格太郎には、(とて)打破(うちやぶ)ることなど出来(そう)もなかった。
 彼は大声を上げて正一の名を呼びながら、ガタガタと蓋の裏を(たた)いて見た。だが、子供達は、あきらめて表へ遊びに出て了ったのか、何の答えもない。そこで、彼は今度は女中達の名前を連呼して、出来る丈けの力をふりしぼって、長持の中であばれて見た。ところが、運の悪い時には仕方のないもので、女中共は又井戸端(いどばた)で油を売っているのか、それとも女中部屋にいても聞えぬのか、これも返事がないのだ。
 その押入れのある彼の部屋というのが、最も奥まった位置な上に、ギッシリ密閉された箱の中で叫ぶのでは、二()三間向うまで、声が通るかどうかも疑問だった。それに、女中部屋となると、一番遠い台所の(そば)にあるのだから、殊更(ことさ)ら耳でもすましていない限り、先ず聞え相もないのだ。
 格太郎は、段々(うわ)ずった声を出しながら、このまま誰も来ないで、長持の中で死んで了うのではないかと考えた。馬鹿馬鹿しいそんなことがあるものかと、一方では(むしろ)ふき出し度い程滑稽(こっけい)な感じもするのだけれど、それがあながち滑稽でない様にも思われる。気がつくと、空気に敏感な病気の彼には、何んだかそれが乏しくなった様で、もがいた(ため)ばかりでなく、一種の息苦しさが感じられる。昔出来の丹念な(こしら)えなので、密閉された長持には、恐らく息の通う隙間(すきま)もないのに相違なかった。

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