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非人之恋(8)

时间: 2023-09-21    进入日语论坛
核心提示:八 それほど私を驚かせたものが、ただ一個の人形に過ぎなかったと申せば、あなたはきっと「なあんだ」とお笑いなさるかも知れま
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 それほど私を驚かせたものが、ただ一個の人形に過ぎなかったと申せば、あなたはきっと「なあんだ」とお笑いなさるかも知れません。ですが、それは、あなたが、まだ本当の人形というものを、昔の人形師の名人が精根を尽くして、拵え上げた芸術品を、御存知ないからでございます。あなたはもしや、博物館の片隅なぞで、ふと古めかしい人形に出あって、その余りの生々(なまなま)しさに、何とも知れぬ戦慄(せんりつ)をお感じなすったことはないでしょうか。それが()女児(おなご)人形や稚児(ちご)人形であった時には、それの持つ、この世の(ほか)の夢の様な魅力に、びっくりなすったことはないでしょうか。あなたは御みやげ人形といわれるものの、不思議な凄味(すごみ)を御存知でいらっしゃいましょうか。或は又、往昔衆道(おうせきしゅうどう)の盛んでございました時分、好き者達が、馴染の色若衆の似顔人形を刻ませて、日夜愛撫したという、あの奇態な事実を御存知でいらっしゃいましょうか。いいえ、その様な遠いことを申さずとも、例えば、文楽(ぶんらく)浄瑠璃(じょうるり)人形にまつわる不思議な伝説、近代の名人安本亀八の(いき)人形なぞを御承知でございましたなら、私がその時、ただ一個の人形を見て、あの様に驚いた心持を、十分御察し下さることが出来ると存じます。
 私が長持の中で見つけました人形は(のち)になって、門野のお父さまに、そっと御尋ねして知ったのでございますが、殿様から拝領の品とかで、安政(あんせい)の頃の名人形師立木と申す人の作と申すことでございます。俗に京人形と呼ばれておりますけれど、実は浮世(うきよ)人形とやらいうものなそうで、()(たけ)三尺余り、十歳ばかりの小児の大きさで、手足も完全に出来、頭には昔風の島田(しまだ)()い、昔染の大柄友染(ゆうぜん)が着せてあるのでございます。これも後に伺ったのですけれど、それが立木という人形師の作風なのだそうで、そんな昔の出来にも拘らず、その女児人形は、不思議と近代的な顔をしているのでございます。真ッ赤に充血して何かを求めている様な、厚味のある(くちびる)、唇の両脇で二段になった豊頬(ほうきょう)、物いいたげにパッチリ開いた二重瞼(ふたえまぶた)、その上に大様(おおよう)頬笑(ほほえ)んでいる濃い(まゆ)、そして何よりも不思議なのは、羽二重(はぶたえ)紅綿(べにわた)を包んだ様に、ほんのりと色づいている、微妙な耳の魅力でございました。その(はな)やかな、情慾的な顔が、時代のために幾分色があせて、唇の(ほか)は妙に青ざめ、手垢(てあか)がついたものか、(なめら)かな肌がヌメヌメと汗ばんで、それゆえに、一層悩ましく、(なまめ)かしく見えるのでございます。
 薄暗く、樟脳臭い、土蔵の中で、その人形を見ました時には、ふっくらと恰好よくふくらんだ乳のあたりが、呼吸をして、今にも唇がほころびそうで、その余りの生々しさに私はハッと身震(みぶるい)を感じたほどでありました。
 まあ何ということでございましょう、私の夫は、命のない、冷たい人形を恋していたのでございます。この人形の不思議な魅力を見ましては、もう、その外に謎の解き様はありません。人嫌いな夫の性質、蔵の中の睦言、長持の蓋のしまる音、姿を見せぬ相手の女、色々の点を考え合せて、その女と申すのは、実はこの人形であったと解釈する外はないのでございます。
 これは後になって、二三の方から伺ったことを、寄せ集めて、想像しているのでございますが、門野は生れながらに夢見勝ちな、不思議な性癖を持っていて、人間の女を恋する前に、ふとしたことから、長持の中の人形を発見して、それの持つ強い魅力に魂を奪われてしまったのでございましょう。あの人は、ずっと最初から、蔵の中で本なぞ読んではいなかったのでございます。ある方から伺いますと、人間が人形とか仏像とかに恋したためしは、昔から決して少くはないと申します。不幸にも私の夫がそうした男で、更に不幸なことには、その夫の家に偶然稀代(きだい)の名作人形が保存されていたのでございます。
 人でなしの恋、この世の(ほか)の恋でございます。その様な恋をするものは、一方では、生きた人間では味わうことの出来ない、悪夢の様な、或は又お伽噺の様な、不思議な歓楽に魂をしびらせながら、しかし又一方では、絶え間なき罪の苛責(かしゃく)に責められて、どうかしてその地獄を逃れたいと、あせりもがくのでございます。門野が、私を(めと)ったのも、無我夢中に私を愛しようと努めたのも、皆そのはかない苦悶(くもん)の跡に過ぎぬのではございませんか。そう思えば、あの睦言の「京子に済まぬ云々(うんぬん)」という、言葉の意味も解けて来るのでございます。夫が人形のために女の声色を使っていたことも、疑う余地はありません。ああ、私は、何という月日の(もと)に生れた女でございましょう。

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