殿村と大宅は、いつものトンネルの入口まで行って、番小屋の仁兵衛爺さんと話をしたり、暗いトンネルの洞穴の中へ五六間踏み込んで、ウォーと怒鳴って見たりして、又ブラブラと村へ引返すのが常であった。
番小屋の仁兵衛爺さんは、二十何年同じ勤めを続けていて、色々恐ろしい鉄道事故を見たり聞いたりしていた。機関車の大車輪に轢死人の血みどろの肉片がねばりついて、洗っても洗っても放れなかった話、ひき殺されてバラバラになった五体が、手は手、足は足で、苦しそうにヒョイヒョイ躍り狂っていた話、長いトンネルの中で、轢死人の怨霊に出逢った話、その外数え切れない程の、物凄い鉄道綺譚を貯えていた。
「君、昨夜はNの町へ行ったんだってね。帰りはおそくなったの?」
殿村が何ぜか遠慮勝ちに尋ねた。道は薄暗い森の下に這入っていた。
「ウン、少し……」
大宅は痛い所へ触られた様に、ビクッとして、併し強て何気ない体を装った。
「僕は十二時頃まで、君のお母さんの話を聞いていた。お母さん心配していたぜ」
「ウン、自動車がなくってね。テクテク歩いて来たものだから」
大宅が弁解がましく答えた。
N市とS村を聯絡するたった一台のボロ乗合自動車は、夜十時を過ぎると運転手が帰ってしまうし、N市といっても山国の小都会のことだから、営業自動車は四五台しかなく、それが出払ってしまうと、外に交通機関とてもないのだ。
「道理で顔色がよくないよ。寝不足なんだろう」
「ウン、イヤ、それ程でもないよ」
大宅は、事実異様に青ざめた頬を、手の平でさすりながら、照れ隠しの様に笑って見せた。
殿村は大方の事情を知っていた。大宅はれっきとした同村の素封家の許婚の娘を嫌って、N市に住む秘密の恋人と媾曳を続けているのだ。その恋人は大宅の母親の言葉によると、「どこの馬の骨だか分らない、渡り者のあばずれ娘」であった。
「お母さんを安心させて上げた方がいいよ」
殿村は相手を恥かしがらせはしないかとビクビクしながら、置土産のつもりで忠告めいたことを口にした。
「ウン、分っている。併しマアうっちゃって置いて呉れ給え。自分のことは自分で仕末をつけるよ」