大宅幸吉が、やっとしてから物を云った。
「無論そうだね。僕も今それを云おうとしていたんだ」
青年探偵作家が答えた。
「すると……」
「すると、これは恐るべき殺人事件だよ。誰かがこの女を殺害して、例えば毒殺するなり、絞め殺すなりしてだね。それからこの淋しい場所へ運んで来て、ソッと叢の中へ隠して置いたという考え方だ」
「ウン、どうもそうとしか考えられないね」
「服装が田舎めいているから、多分この附近の女だろう。停車場もないこの村へ、旅人がさまよって来る訳はないからね。君この女のどっかに見覚はないか。多分S村の住人だろうと思うが」
殿村が尋ねる。
「見覚えがないかと云って、見るものがないじゃないか。顔もなんにもない、赤い塊りなんだもの」
如何にも、頭部はあるけれど、顔と名づけるものは跡方もない赤坊主であった。
「イヤ、着物とか帯とか」
「ウン、それはどうも見覚えがないよ。僕は一体女の服装なんか注意しないたちだからね」
「じゃ、兎も角、仁兵衛爺さんに尋ねて見よう。あいつ近くにいて、ちっとも気附かないらしいね」
そこで二人は、トンネルの入口の番小屋へ走って行って、旗振りの仁兵衛を呼び出し、現場へ引っぱって来た。
「ワア、こりゃどうじゃ。なんてまあむごたらしい。……ナンマイダブ、ナンマイダブ」
爺さんは赤い塊りを一目見ると、たまげて、頓狂な声を立てた。
「この女は犬に喰われる前に殺されていたんだよ。下手人がここへ担いで来て捨てて行ったんだよ。君、何か思い当る様なことはないかね」
大宅が尋ねると、爺さんは小首をかしげて、
「わしゃなんにも知らなかったよ。知ってれば山犬なんぞに喰わせるこっちゃないのだが。ハテネ、若旦那、これやてっきり昨夜の内に起ったことだぞ。なぜと云って、わしゃ昨日は何度もこの辺を歩いたし、夕方落しものをして、そうだ、丁度ここいらを探し廻った位だから、こんな大きな死骸がありゃ、気の附かねえ筈はねえ。てっきりこりゃ、昨夜真夜中に起ったこんだぞ」
と断定した。
「それやそうかも知れないね。いくら人通りがないといって、あんなに犬がたかっているのを、一日中気附かない筈はないからね。ところで、爺さん、君、この着物に見覚えはないかね。村の娘だと思うのだが」
「こうっと、こんな柔か物を着る娘と云や、村でも四五人しかないのだが、……アアそうだ、わしの家のお花に聞いて見ましょう。あれは若いもんのこったから、同じ年頃の娘の着物は、気をつけて見覚えてるに違えねえ。オーイ、お花やあ……」
爺さんの怒鳴り声に、やがて娘のお花が、
「ナーニ、お父つぁん」
と番小屋を駈け出して来た。
彼女は叢の死骸を見ると、キャッと悲鳴を上げて逃げ出しそうにしたが、父親に引止められ、怖々着物の裾の方を見て、たちまちその主を鑑定した。
「アラマア、この柄は山北の鶴子さんのだわ。村中でこの柄の着物持ってるのは、鶴子さんの外にありゃしないわ」
それを聞くと、大宅幸吉の顔色がサッと変った。無理はない。山北鶴子と云えば、大宅が嫌い抜いている彼の幼時からの許婚の娘だ。その鶴子が時も時、結婚問題で悶着の起っている今、かくも無惨な変死をとげたのだ。大宅が青くなったのは、別に不思議でない。
「間違いはねえだろうな。よく考えて物を云うがええぞ」
仁兵衛爺さんが注意すると、娘は段々大胆になって、死骸の全身を注意深く眺めていたが、
「鶴子さんに違いないわ。帯だって見覚があるし、そこに落ちている石の入ったヘヤピンだって、鶴子さんの外に持っているものありゃしないわ」
と断言した。