殿村はN市へ着くと、直に停車場に近い雪子の住処を訪問した。ゴタゴタした小工場などに挟まれた、くすぶった様な二階建ての長屋の一軒がそれであった。
 案内を乞うと、六十余りのお婆さんが目をしょぼしょぼさせて出て来た。
「絹川雪子さんにお目にかかり度いのですが」
 と来意を告げると、老婆は耳に手を当てて、
「エ、どなたでございます」
 と顔をつき出す。目も悪く、耳も遠いらしい。
「あなたのところの二階に、絹川という娘さんがいらっしゃるでしょう。その人にお目にかかり度いのです。僕は殿村という者です」
 殿村は老婆の耳に口を寄せて大声にどなった。
 すると、その声が二階に通じたのか、玄関から見えている階段の上に、白い顔が覗いて、
「どうか、こちらへお上り下さいませ」
 と答えた。その娘が絹川雪子に違いない。
 真黒にすすけた段梯子を上ると、二階は六畳と四畳半の二間切りで、その六畳の方が雪子の居間と見え、女らしく綺麗に飾ってある。
「突然お邪魔します。僕はS村の大宅幸吉君の友達で殿村というものです」
 挨拶をすると、雪子は、叮嚀におじぎをして、
「わたし絹川雪でございます」
 と云った切り、恥かしそうにうつむいて、黙っている。
 見ると、雪子の様子が少し意外である。殿村は、幸吉があれ程に思っていた娘さんだから、定めし非常に美しい人であろうと想像して来たのに、今目の前に、ツクネンと坐っている雪子は、どうも美しいとは云えないばかりでなく、まるで淫売婦の様な感じさえするのだ。
 髪は洋髪にしているが、それが実に下手な結い方で、額に波打たせた髪の毛が、眉を隠さんばかりに垂れ下り、顔には白粉や紅をコテコテと塗って、その上虫歯でも痛いのか、右の頬に大きな膏薬を張りつけているという始末だ。
 殿村は、幸吉が何を物好きに、こんな変てこな女を愛したのかと疑いながら、兎も角も、幸吉の拘引せられた顛末を語りきかせ、犯罪の当日、彼は本当に雪子を訪問しなかったのかと訊した。
 すると、何という冷淡な女であろう、雪子は恋人の拘引をさして悲しむ様子もなく、言葉少なに、その日幸吉は一度も来なかった旨を答えた。
 殿村は話している内に、段々変な気持になって来た。雪子という女が、感情を少しも持たぬ、人造人間か何かの様にさえ思われて、一種異様の不気味さを感じないではいられなかった。
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