「丁度五日前の朝でございました。村へ用達しがあって、あの大曲り……ホラ、鶴子さんの死骸が倒れていた線路のカーヴのところを、わしら『大曲り』と申しますだが、そこを通りかかりますと、線路わきの原っぱに、この藁人形がころがっていましただ」
「丁度鶴子さんの倒れていた辺だね」
殿村が口をはさむ。
「ヘエ、だが、鶴子さんの死骸は線路の土手のすぐ下でしたが、この人形は、線路から十間も離れた、原っぱの中にころがっていました」
「胸を刺されてね」
「ヘエ、これでございますよ。藁人形の胸の辺に、こんな小刀が突きささって居りましただ」
爺さんは、小屋へ這入って、藁人形を抱え出して来た。見ると、なる程、胸の辺の藁がズタズタに斬りきざまれて、そこに小型の白鞘の短刀が、心臓をえぐった形で、突き立ててあった。
「呪いの人型だ。……しかもそれが、丁度殺人事件の四日前、殺人現場の附近に捨ててあったというのは、何か意味があり相じゃないか」
「フーム、なる程」
国枝氏もこの二つの殺人事件の(人形と人間との)不思議な一致を無視する訳には行かぬ。いやそれよりも、胸をえぐられた藁人形の死骸が、何とも云えぬ妙な、ゾーッと寒気のする様な感じを与えたのだ。
「それで、君はどうしたの?」
「ヘエ、わしは、村の子供達がいたずらをしたのだろうと、別に気にもとめないで、たきつけにする積りで、この小屋へ放り込んで置きましただ。短刀も抜くのを忘れて、ついそのままになっていたのでございます」
「で、この藁人形のことは、誰にも話さなかったのだね」
「ヘエ、まさかこれが今度の事件の前兆になろうとは思わなかったもんでね。アア、そうそう、一人丈けこれを見た人がありますよ。外でもねえ山北の鶴子さんだ。あの方が丁度藁人形を拾った翌日、ひょっくり番小屋へ遊びにござらっしてね、わしの娘がそれを話したもんだから、じゃア見せてくれってね、この小屋を開けて中を覗いて見なすったですよ。因縁ごとだね。お嬢さんも、まさかこの人形と同じ目に会おうとは知らなかったでございますべえ」
「ホウ、鶴子さんがね、君の家へ。……よく遊びに来たのかね」
「イイエ、滅多にないことでございます。あの日は、娘のお花に何か呉れるものがあると云って、それを持って、久しぶりでお出でなさったのですよ」
さて、一応聞取りをすませると、国枝氏は藁人形はのち程警官に取りに来させるから、大切に保管してくれる様頼んで置いて、番小屋を引上げることにした。
「偶然の一致だよ。恐らく爺さんの云った様に、村の子供達のいたずらに違いない。犯人が、実際の人殺しをやる前に、藁人形で試験をしたというのもおかしいし、又、その人形を同じ場所へ捨てて置くなんて、実に愚な仕業だからね」
実際家の予審判事は、探偵小説家の神秘好みに同意出来なかった。
「そんな風に考えれば、犯罪事件とは無関係の様に見えるかも知れない。併し、もっと別な考え方がないとは云い切れまい。僕は何かしら分りかけて来た様な気がする。殊に、鶴子さんが藁人形を見に来たという点が非常に面白い」
「見に来た訳じゃないだろう」
「イヤ、見に来たのかも知れない。爺さんの口ぶりから考えても、これという用事があったのではないらしいから、鶴子さんがお花を訪ねた本当の目的は、案外藁人形を見る為だったかも知れない」
「何か突飛な空想をやっているんだね。併し、実際問題は、そんな手品みたいなもんじゃないよ」
予審判事は殿村の妄想を一笑に附し去ったが、それが果して妄想に過ぎなかったかどうか、やがて分る時が来るだろう。