「だが君、土竜やなんか喰ったんで、あんな血みどろになるだろうか。変だぜ」
殿村はまだ青ざめていた。
「ハハハ……、君も臆病だね。まさかこんなところに、人喰いの猛獣はいやしないよ」
大宅は何を馬鹿馬鹿しいと云わぬばかりに笑って見せたが、実は案外そうでなかったことが、間もなく分った。
森を出離れて、蓬々と雑草の茂った細道を歩いて行くと、叢の中から、ムクムクと、又しても血みどろの大犬が姿を現わし、人に驚いたのか、一目散に逃げ去った。
「オイ、あいつはさっきの奴と毛色が違うぜ。揃いも揃って、この村の犬が土竜を喰うなんて変だぜ」
殿村は、犬の出てきた叢を分けて、その蔭に何か大きな動物の死骸でも横たわっているのではないかと、ビクビクもので探し廻ったが、別段猛犬の餌食らしいものは見当らなかった。
「どうも気味が悪いね。引返そうか」
「ウン、だが、ちょっとあれを見給え。又もう一匹やって来るぜ」
一丁計り向うから、線路の土手に沿って、雑草の中を見え隠れに、なる程又毛色の違う奴が歩いて来る。チラチラと草に隠れて、全身を見ることが出来ぬ為、非常に大きな動物の様にも、又、犬ではないもっと別な生物の様にも感じられて、ひどく不気味である。
道はとっくに部落を出離れているので、あたりは人気もない山の中、狭い草原を挟んで、両側から迫る黒い森、刃物の様に光る二本の鉄路、遙かに見えるトンネルの口、薄暗くシーンと静まり返った、夢の中の景色だ。その叢を、ゴソゴソと近づいて来る妖犬の姿。
「オイ、あいつ何だか銜えているぜ。血まみれの白いものだ」
「ウン、銜えている。何だろう」
立止って、ジッと見ていると、犬が近づくに従って、銜えているものの形が、少しずつハッキリして来た。
大根の様なものだ。併し、大根にしては色が変だ。鉛の様に青白い、何とも云えぬ色合だ。オヤッ、先が幾つかに分れている。五本指の大根なんてあるものか。手だ。人間の生腕だ。断末魔に空を掴んだ、鉛色の人間の片腕だ。肘の関節から喰いちぎられて、その端には、赤い綿の様な塊りがくッついている。
「アッ、畜生め」
大宅がわめきながら、石塊を拾って、いきなり投げつけた。
「ギャン、ギャン」という悲鳴を上げて、人喰い犬は、矢の様に逃げ去った。小石が命中したのだ。