「積んでました。材木を積んだ無蓋貨車が、確か三台あった筈です」
「で、その貨物列車は、次のU駅には停車することになっているのですか」
Uというのは、S村とは反対の方角にある、N市の次の停車場なのだ。
「エエ、停車します。Uではいくらか積卸しがあった筈です」
それ丈け聞き取ると、殿村は駅を走り出して、駅前の自動電話に飛込み、U町の郊外にある、有名な高原療養所を呼出して、何か入院患者のことをしきりと尋ねていたが、これも満足な答えが得られたと見え、通話が終ると、そのまま、勢い込んで警察署へと駈つけた。
国枝氏は署長室にただ一人、ぽつねんと腰かけていたが、突然殿村が取次もなく飛び込んで来たので、あっけにとられて立上った。
「殿村君、君の酔狂にも困るね。お上のことはお上に任せて置き給え。小説家の俄刑事なんかが成功する筈はないのだから」
国枝氏は苦り切て、きめつけた。
「イヤ、俄刑事であろうと何であろうと、この歴然たる事実を知りながら、黙っているのは、寧ろ罪悪だ。僕は真犯人を発見したのだ。大宅君は無罪だ」
殿村は昂奮の余り、場所柄をもわきまえず絶叫した。
「静かにしてくれ給え。お互は気心を知り合った友達だからいいけれど、警察の連中にこんな所を見られては、少し具合が悪いのだから」
国枝氏は困り切て、気違いの様な殿村をなだめながら、
「で、その真犯人というのは、一体何者だね」
と尋ねた。
「イヤ、それは君自身の目で見てくれ給え。U町まで行けばいいのだ。犯人は高原療養所の入院患者なんだ」
殿村の言い草は益々突飛である。
「病人なのかい」
国枝氏はびっくりして聞き返した。
「ウン、マア病人なんだ。本人は仮病を使っている積りだろうが、その実救い難い精神病者なのだ。気違いなのだ。そうでなくて、こんな恐ろしい殺人罪が考え出せるものか。探偵小説家の僕が、これ程驚いているのでも分るだろう」
「僕には何が何だかサッパリ分らないが、……」
国枝氏は、殿村こそ気が違ったのではないかと、心配になり出した。
「分らない筈だ。どこの国の警察記録にも前例のない事件だよ。いいかい。君達は実に飛んでもない思い違いをしているのだ。若しこのまま審理を続けて行ったら、君は職務上実に取り返しのつかぬ失策を仕出かすのだよ。だまされたと思って、僕と一緒に高原療養所へ行って見ないか。信用出来なかったら、予審判事としてでなく、一個人として行けばいい。仮令僕の推理が間違っていた所で、ホンの二時間程浪費すれば済むのだ」
押し問答を続けた末、結局、国枝氏は旧友の熱誠にほだされ、謂わば気違いのお守りをする気で、療養所へ同行することになった。無論警察の人々にはそれと云わず、一寸私用で出掛ける体にして、自動車の用意を頼んだ。