「手取り早く云うとね、こういう訳なのだよ。探偵小説愛読者である犯人は、犯罪というものは、どんなに注意をしても、現場に何かしら手掛りが残ることをよく知っていたのだ。で、自分は少しも現場に近寄らず、ただ被害者の死骸丈けがそこに転がっている。という、一見全く不可能なことを為しとげようと企てた。
鶴子がどうしてそんな変なことを考えついたかと云うとね、この女は、恋人の敏感で、いつの間にか絹川雪子の住所をかぎつけ、雪子の留守の間に、あの二階の部屋へ上ってさえいたのだ。ね、そうですね、鶴子さん。そして、実に驚くべき発見をしたのだ。というのは、御承知の通り、雪子の部屋はすぐ停車場の構内に面していた。窓の真下に貨物列車専用のレールが走っている。で、そこを列車が通ると、レールの地盤が高くなっているものだから、貨物の箱が窓とスレスレに、一尺と隔たぬ近さで、雪子の部屋をかすめて行く。僕は今朝あの部屋を訪ねて、この目でそれを見たのだ。しかも、構内のことだから、貨物列車は貨車のつけ替の為に、丁度雪子の部屋の窓の外あたりで停車することがある。鶴子さん、君はあれを見たのですね。そして今度の恐ろしい犯罪を決行する気になったのですね」
殿村は時々泣伏ている鶴子に話しかけながら、複雑な説明を続けて行った。
「そこで、この人は、やっぱり雪子の留守を窺い、例の藁人形を持込んで、丁度窓の下に停車している無蓋貨車の材木の上へ、(この辺を通る無蓋貨車は殆ど例外なく材木を積んでいるんだよ)屋根伝いにその人形をソッとのせたのだ。括りもどうもしないのだから、汽車の動揺で、人形はどっかへ振り落されるに極まっている。それがどの辺だか、大体の見当をつけようとした訳だ。
長い貨物列車のことだから、それにS村のトンネルまでは道が上りになっているから、速力は非常にのろい。人形は仲々落ないのだ。そして、例のトンネルの近くまで進むと、勾配が終って少しスピードが出る。丁度その時、俗に大曲と称する急カーブにさしかかるのだ。列車がひどく動揺する。自然人形はそこで振り落されることになる。
好都合にも、人形の落た所が、S村のはずれの淋しい場所と知ると、犯人は愈々殺人の決心を固めた。そして、大宅君が雪子を訪問する日を待ち構えていて、彼を尾行し、彼が雪子に別れて帰るのと入れ違いに、二階の部屋へ闖入して、相手の油断を見すまし、何なく雪子を刺し殺してしまう。それから顔を滅茶滅茶に傷つけて、着物を着替させ、ちゃんと時間を調べて置いた夜の貨物列車が、窓の外に停るのを待って、屋根伝いにそこへ抱きおろす。という順序なのだ。鶴子さん、その通りでしたね。
死骸は目算通り、トンネルの側へ振り落された。その上なお好都合にも、あの辺の山犬が、全く見分けのつかぬ様に皮膚を食い破ってしまった。一方犯人の鶴子は、そのまま雪子の部屋に居残って、髪の形を変え、白粉を塗り、頬には膏薬を貼り、雪子の着物を着、作り声をして、まんまと雪子になりすましていたのだ。
国枝君、これは君達実際家には、全く考えも及ばぬ空想だ。しかし、若い探偵小説狂の娘さんには決して空想ではなかった。この人は無謀千万にもそれを実行して見せたのだ。大人には出来ない芸当だよ。