仮面の恐怖王
江戸川乱歩
ロウ人形館
東京上野公園の不忍池のそばに、ふしぎな建物がたちました。両国のもとの国技館をぐっと小さくしたような、まるい建物で、外がわの壁も、まる屋根も、ぜんぶ、まっ白にぬってあるのです。そして窓というものが、ひとつもありません。
正面に小さな入口があって、その入口の上に「中曾夫人ロウ人形館」というかんばんがかかっています。
イギリスのロンドンにタッソー夫人のロウ人形館というのがあって、世界じゅうに知られています。この不忍池のロウ人形館は、それをまねたものなのです。タッソーという夫人の名をフランス読みにすると、チュッソーとなります。「中曾夫人」というのはチュッソーをもじったものにちがいありません。そのまるい建物は二階だてに地下室があり、その中を見物人の歩く道がぐるぐるまわっていて、道のかたがわ、または両がわに、いろいろなロウ人形の場面がつくってあるのです。
ロウ人形はみんな人間とおなじ大きさで、それに服がきせてあるのですが、ロウでできた顔がまるで生きているように見えるので、じつにきみがわるいのです。
ロンドンのタッソー夫人ロウ人形館には、歴史上のおそろしい場面や、血なまぐさい場面がいろいろこしらえてあって、女の人などは、ひとりでははいれないということです。
東京の中曾夫人ロウ人形館も、それをまねたものですから、やっぱり、ものおそろしい場面がおおくて、女の人や、子どもをつれた人は、きみわるがって、めったにはいりません。せっかくつくったロウ人形館もいっこうはんじょうしないのでした。
ある土曜日の午後三時すぎのことでした。ふたりの少年が、この中曾夫人ロウ人形館へやってきて、入口でキップを買って中にはいりました。
ひとりは井上二郎君という中学一年生、もうひとりは野呂一平君という小学六年生で、ふたりとも胸に少年探偵団のB・Dバッジをつけています。
井上君は、がっしりとした体格で背もたかく、柔道をならっている強い少年です。野呂君は、少年探偵団員のなかでも、いちばんおくびょうものですが、すばしっこくて、ちゃめで、みんなを笑わせることがうまいので、人気者です。ノロちゃんという愛称でよばれています。
ふたりは、ロウ人形館のうわさを聞いて、きょうはじめてやってきたのです。探偵団員のことですから、きみのわるいようなものは、一度見ておきたいのでしょう。おくびょうもののノロちゃんも、こわいもの見たさで、力の強い井上君にくっついて、やってきたのです。
ロウ人形館の入口をはいりますと、うすぐらい廊下がつづいています。見物人の姿はひとりも見えません。なんだか、あき家の中へはいっていくようで、きみがわるいのです。
「いやだなあ。どうして、こんなにさびしいのだろう。見物人は、ぼくたちだけじゃないか。」
ノロちゃんが、井上君に、からだをくっつけるようにして歩きながら、いいました。
「いや、もっとむこうへいったら、見物人がいるかもしれないよ。だが、だれもいなくったって、いいじゃないか。ふたりきりのほうが、かえっておもしろいぜ。」
井上君は、さびしいことを、よろこんでいるようです。
そのとき、うすぐらい廊下の右がわに、ぱっと四角な光がさしました。そこのドアがひらかれたのです。ドアの中には、あかるい電灯がついているのです。
その電灯の光を背中にうけて、まっ黒な人の姿がドアから出てきました。
「あなたがた、よく来てくれましたね。わたしが、そこまで案内してあげましょう。」
女の声でした。ドアをしめると、その人のようすがわかるようになりました。三十五―六の、うつくしい女の人です。スカートの長い、まっ黒な服をきて、かみをみょうなゆい方にして、その上にちょこんと帽子をのせています。井上君もノロちゃんも、本で見た明治時代の西洋婦人の絵を思いだしました。
「おばさんは、中曾夫人じゃありませんか。」
ノロちゃんが、ふと気がついて、ぶえんりょにたずねました。
「ええ、わたしが中曾夫人です。わたしがこのロウ人形館をたて、中にかざってあるロウ人形も、みんなわたしがつくったのです。」
夫人はとくいらしくいって、さきにたって、ふたりをおくのほうへ案内しました。