がんばる力
「じゃあ、あっちのほうの土を、ほってみようか。ずっとまえにおちたんだから、もう、かわいているかもしれない。」
「うん。やってみよう。そのほかに、たすかるみちはないよ。」
そこで、小林君は、古いほうの落盤のところへいって、両手で土をとりのけてみました。そんなにかたくない土ですから、なんとかして、手でほることができます。
くさった材木の柱が、ななめにたおれて、土にうずまっていますが、その下の土をほっても、それ以上たおれてくるようすはありません。なにかにつかえて、動かなくなっているのです。第二の落盤がおこるしんぱいはないようです。
小林君は両手で土をすくいだして、五十センチぐらいのあなをつくりました。すくいだした土をうしろにおしやると、ポケット小僧がその土を、じゃまにならない場所にはこぶのです。
ふたりはまっくらな中で、せっせとはたらきました。懐中電灯は電池をけんやくするために、消してしまっていたのです。
そのうちに小林君は指のつめのあいだに土がくいこんで、いたくてたまらなくなってきました。
「おい、きみ、ちょっと、かわってくれよ。なにか、ほるものをさがすから。」
そういって、ポケット小僧にかわってもらって、そのあいだに懐中電灯をつけて、あたりを見まわしました。
「あっ、あった。これがいい。」
三角形のひらべったい石です。それを土の中からほりおこして、つかってみますと、けっこう、シャベルのかわりになることがわかりました。
この石のシャベルをみつけてから、きゅうに仕事がはかどって、土をほりだしたあなが、だんだんふかくなり、やがて、せまいあなの中にもぐりこんで、仕事をしなければならなくなりました。くるしい仕事です。そんなにかたくない土ではありましたが、一メートルあまりほりすすむと、すっかりくたびれてしまいました。
「きみ、ひとりでやってては、とてもくたびれてだめだよ。交替制にしよう。ぼくときみとで、かわりあって、ほる役をやるんだよ。」
ひとりがほれば、もうひとりは、その土をあなのそとに、はこびだすのです。三十回土をはこびだしたら、交替ときめました。そして、また、いっしょうけんめいに仕事をつづけるのでした。
「ねえ、小林さん、こんなに苦心してここをぬけだしても、このむこうがわがどうなっているか、わからないね。」
ポケット小僧がくらやみの中で、土をはこびながら話しかけてきました。
「うん、そりゃあ、そうさ。」
「もし、これからさきのあなが、ぜんぶうずまってたら、どうする? ほっても、ほっても、どこへも出られないじゃないか。」
「そりゃあ、そうだよ。」
「もし、むこうのあなが、ふさがっていないとしてもね、そのあなを歩いていくと、つきあたりになってしまうんじゃないだろうか。おれたちは、どっちにしたって、たすからないのかもしれないぜ。」
ポケット小僧は、べそをかくような声でいいました。
「おい、おい、いくじのないこというんじゃないよ。ぼくは、いろんな冒険談を読んだけどね、こういうときにはしんぼう強くがんばるのが、いちばんだいじなんだ。あくまで、がんばりぬくんだよ。そうすれば、ひとりでに、運がひらけてくることがある。神さまがたすけてくださるんだ。
もうだめだなんて、あきらめてしまったら、おしまいだよ。神さまだって、そんなよわむしは、たすけてくれやしない。ね、ポケット君、がんばるんだよ。がんばりさえすれば、きっといいことがあるよ。」
ところが、小林君が、がんばれ、がんばれといって、はりきったので、とんでもないことが、おこってしまいました。
二メートルもほりすすんだときです。土の中にあるくさった柱がじゃまになるので、それをとりのけようとして、ぐっとひっぱったかとおもうと、ダダダダ……と音がして、そこの土が小林君の頭の上から、くずれおちてきました。そして腰から上のほうが、ぜんぶうずまってしまったのです。
「う、う、う、……。」
と、いいましたが、さけぶことも、どうすることもできません。顔がびっしり土につつまれてしまって、さけぶどころか、息をすることもできないのです。このまま、ほうっておけば、死んでしまいます。
ポケット小僧は大きなものおとにびっくりして、懐中電灯をつけて、あなのおくをてらしてみました。
小林団長の両足が、くるしそうに、もがいています。頭のほうは土にかくれて見えません。
「わっ、たいへんだっ。」
ポケット小僧は、いきなり両手で小林君の足をつかんで、エンヤラ、エンヤラ、ひっぱりだそうとしました。
土が重いので、なかなかうごきません。でも、大すきな小林団長が死んだらたいへんですから、ポケット小僧は顔をまっかにして、しんぼう強く足をひっぱりつづけるのでした。
土にうずまっている小林君にも、それがわかりましたので、土の中で、両手を力まかせに動かして、からだをうしろへずらすようにしました。
こうして、ふたりの力があわさったので、小林君のからだは一センチずつ、一センチずつ、土の中からぬけだすことができました。
しかし、それには、ながい、がまん強い努力をつづけなければなりませんでした。ほんとうに、一センチずつ、一センチずつです。からだをぜんぶ、ひきだすまでには、ずいぶん時間がかかりました。
「ああ、ひどいめにあった。」
小林君はどろだらけになった顔をハンカチでふきながら、ハアハアと、肩で息をしています。よほどくるしかったのでしょう。
「いったい、どうしたっていうの。」
ポケット小僧が、懐中電灯で団長のみじめな顔をてらしながら、たずねました。
「ぼくがいけなかったんだよ。ほっていくと、土の中に木の棒がじゃましていたので、力まかせに、ひっぱりだそうとしたんだ。そのはずみに、上から土がおちてきたんだよ。落盤というほど大きな土くずれじゃないけどね。これからは、気をつけてほるよ。」
「じゃあ、まだ、ほるつもりかい、こんなことがあっても。」
ポケット小僧は、小林君の勇気におどろいているのです。
「もちろんだよ。こうなったら、運を天にまかすのだ。そして、人間の力で、できるかぎりのことをやってみるんだ。さいごまでがんばるんだよ。」
ふたりは、しばらくやすんでから、また、あなの中にはいりました。小林君は懐中電灯で、さっきくずれたところをしらべていましたが、
「だいじょうぶだよ。上のほうに、もう一本、材木が横になっていて、これはビクとも動かない。その下をほれば、あぶないことはないよ。」
といって、さっそく仕事をはじめるのでした。
やっぱり、交替をして、かわるがわる、ほるのですが、それからの、ふたりのはたらきは、じつにめざましいものでした。ゆっくりしていたら、酸素がなくなって、死んでしまうのですから、いそがないわけにはいきません。
もう、真夜中でした。腕時計を見ると、一時になっていました。
ポケット小僧も、よくはたらきました。小林君は、小僧のがんばりのきくのに、すっかり、おどろいてしまったほどです。
もう、あなのふかさが三メートルをこしていました。しかし、このくるしい仕事は、いったい、いつまでつづくのでしょう。もう、腕も、肩も、腰もしびれたようになって、いうことをきかないのです。ふたりは、ときどきあなの外へでて、やすみました。そして、しびれた腕や肩をさすって、力をとりもどすのでした。
ポケット小僧は、もう、すこしもぐちをいいません。死ぬまでほりつづけるのだと決心しているようでした。
それから、ふたりはまた、あなの中へはいって、仕事をはじめました。そしてシャベルがわりの平べったい石で、三度か四度、土をすくいだしたときです。
ぐっと石をおすと、なんの手ごたえもなく、石がむこうへぬけてしまったではありませんか。
そこに、ポッカリとあながあいたのです。そのあなから、つめたい、おいしい空気がサーッとながれこんできたではありませんか。
小林君はドキンとして、懐中電灯で、そのあなの外をのぞいてみました。
「あっ、とうとう、つきぬけたぞっ。」
おどりあがるような、さけび声でした。
あなの外には、ひろいほらあなが、ずっとむこうまで、つづいていたのです。ふたりのがんばる力で、あつい落盤の壁をうちぬいてしまったのです。
さっき、小林君がいったとおり、神さまはさいごまでがんばるものの味方でした。
ふたりは、つきぬけたあなを大きくほりひろげて、そこから、おくのひろいあなへ、はいだしました。
しかし、これで、ほんとうに、たすかったのでしょうか。このあなが、また、どこかで、いきどまりになっていたら、どうすればいいのでしょう。
やがて、懐中電灯の電池がつきてしまうにきまっています。そうすれば、まったくのくらやみの中を手さぐりで、さまよわなければならないのです。
「小林さん、ぼくたち、たすかるだろうか。ひょっとしたら、このまま生きうめになってしまうんじゃないだろうか。」
ポケット小僧が、また、べそをかくような声を出しました。