怪物の目
「あっ、大きな鳥のようだったよ。なんだろう。」
ポケット小僧が、小林君に、しがみついてきました。
「きっとコウモリだよ。こういうほらあなには、たいてい、コウモリがすんでいるもんだよ。」
小林君が、いってきかせました。
そのとき、うしろのほうで、「ギャーッ。」という、ものすごいさけび声がして、パタパタと羽をはばたく音が聞こえてきました。
「あ、わかった。ゴリラがコウモリをつかまえて、くっているんだよ。……これであいつがこっちへくるのが、すこしおくれるだろう。さあ、このまに逃げるんだ。」
小林君はポケット小僧をひっぱって、おくへ、おくへと、すすんでいきました。まっくらな、でこぼこ道ですから、ときどき、パッ、パッと、懐中電灯をてらさないと、あぶなくて歩けません。しかし、懐中電灯はすぐに消してしまうのです。いつまでもつけていては、ゴリラのめじるしになるからです。
二十メートルも、おくへすすんだでしょうか。パッと懐中電灯をつけてみると、あたりのようすが、かわっていました。
上からたれる水のしたたりは、ますますおおくなり、土がじめじめとやわらかくなって、両がわから道にながれおちています。
そのへんはまるたの柱もおおくなり、一メートルごとに立ててあるのですが、それがくさって、なかには、おれてしまっているのもあります。
いつ、頭の上から、土がくずれおちてくるかわかりません。それに、道にながれおちた土に、足がつっかかるので、歩くのにも、ひどく、ほねがおれるのです。
「ゴウウウ……。」
またしても、ゴリラのうなり声がひびいてきました。しかし、それは、ずっとうしろのほうからです。
なぜゴリラは、すぐに、ふたりにとびかかってこないのでしょう。やっぱり、どこかに、けがをしていて、はやく走れないのでしょうか。
それとも、ネコがネズミをすぐにたべないで、おもちゃにして、よろこぶように、ゴリラもふたりの少年を、おもちゃにして、たのしんでいるのでしょうか。
そのとき、小林君が、うれしそうな声をたてました。
「あっ、枝道だっ。」
パッと懐中電灯をつけたとき、それをみつけたのです。ほらあなが右と左にわかれていました。右のほうが、左よりひろいような気がしました。
「よし、右へいこう。電灯をつけるんじゃないよ。ぼくたちが、どっちへいったか、わからせないようにするんだ。そうすれば、ゴリラは左のあなへはいっていくかもしれない。そして、ぼくらは、たすかるかもしれないのだよ。ぼくは、さっきから、枝道へくるのを待ちかねていたんだ。」
小林君は、そういって、ポケット小僧の手をひいて、右のほらあなへすすんでいきました。
すこしいくと、道がまがっていて、うしろから見えないようになりましたので、いそいで懐中電灯をパッとつけて、パッと消しました。
そのしゅんかん、一目で見たところでは、ほらあなのようすは、いままでと、あまり、かわっていないことがわかりました。
やっぱり、いまにもくずれそうな、やわらかい土、道にながれだした土の山、くさったまるたの柱。
「そっと歩くんだよ。ぼくらの歩く地ひびきでも、土がくずれるかもしれないからね。」
小林君はそういいながら、なおも、おくへすすんでいきましたが、五―六歩あるくと、ふと立ちどまって、耳をすましました。
ゴソッ、ゴソッと、とおくから、土の中を歩く音が聞こえてきます。
「おやっ、こっちへ、やってきたのかな。左のあなへはいったとすれば、こんなに足音が聞こえるはずはないんだ。」
小林君は、ささやくようにいって、じっと、やみの中を見つめました。
しかし、すぐむこうに、まがりかどがあるので、見とおしがきくわけはないのです。
ゴソッ、ゴソッ、ゴソッ……、足音はだんだん、こちらへ、ちかづいてきます。そして、やみの中に、チラッと青く光るまるいものがあらわれました。まず一つあらわれ、そして、もう一つ。
目です。ゴリラの目です。ゴリラの目が、まったくのやみの中で光るものかどうか、小林君は知りませんでしたが、このゴリラの目は、たしかにリンのように光っているのです。これには、なにか、わけがあるのではないでしょうか。
そのおそろしい目を見ると、ふたりは、おもわず、「ワッ。」といって、ほらあなのおくへ、かけだしました。もう、地ひびきで、土がおちることなど、考えているひまはありません。
すこし走ったと思うと、またしても、「ワッ……。」という、さけび声がおこりました。
なにかにつまずいて、たおれたのです。そして、ふたりは、つめたい土の中へ、顔をつっこんでしまいました。
そこに、ながれおちた大きな土の山があったのです。その山が、道の左がわを、ふさいでいたのです。
ふたりは、一時はびっくりしましたが、それとわかると、そのままたおれているわけにはいきません。すぐうしろにゴリラがせまっているからです。
あの青い二つの目が、つい五メートルほどむこうに光っているのです。
ふたりは、あわてて立ちあがると、手で土の山をさぐって、右がわのきれめを見つけ、そこを通って山のうしろがわにまわりました。
ゴリラのやつは、土の山のすぐむこうまできていました。ふりむくと、リンのように光る二つの目が怒りにもえて、いっそう、かがやきをましたように見えました。
ああ、そのときです。天地もひっくりかえるような、おそろしいことがおこったのです。