屋根裏の少年たち
それから三日め、黄金仮面が片桐さんの国宝の仏像をぬすんでみせると予告した十三日の午後のことです。
ここは麹町の明智探偵事務所です。明智探偵は、たのまれた事件のために、福井県へでかけ、少年助手の小林君と、少女助手の花崎マユミさんとが、るす番をしていました。午後三時半ごろ、電話がかかってきたので、小林君が受話器をとりますと、それは明智探偵からでした。
「ぼくは、昼ごろ東京にかえった。ぼくがたのんでおいた男が新宿駅に待っていて、報告してくれたので、黄金仮面のゆくえがわかった。いま、それをたしかめたところだ。黄金仮面はきょう午後七時に、渋谷区の一軒のあき家へやってくることがわかった。そこで、きみたち少年探偵団の手を、かりたいのだ。電話でよびだせるだけよび集めて、午後六時までに、そのあき家へきてくれたまえ。チンピラ別働隊も、なるべくたくさん、つれてくるのだ。わかったね。」
そして、その渋谷区のあき家への道じゅんを、くわしくおしえてくれました。
「マユミさん、先生からだ。黄金仮面のいるところがわかったんだって。」
「え、いつのまに帰っていらしったの。」
「きょうの昼ごろだって。それから、いままでのあいだに、もう黄金仮面のゆくえを、つきとめておしまいになったんだよ。」
小林君は、まるで、じぶんがてがらをたてたように、じまんらしくいうのでした。
ふたりは新聞で黄金仮面の事件をよく知っていました。片桐さんの仏像をねらっていること、きょうがその約束の日であることなども知っているのです。
それから、小林君は、ほうぼうへ電話をかけて、少年団員をよび集めました。すると電話のある団員から電話のない団員や、チンピラ隊の少年に知らせ、たちまち十人の少年団員と七人のチンピラ別働隊員が集まり、午後五時にはみんな明智探偵事務所へやってきました。
小林少年は、マユミさんにるす番をたのんでおいて、その十七人の少年たちをつれて、都電と地下鉄で渋谷につき、おしえられたあき家へといそぐのでした。
そのあき家は渋谷駅から一キロほどの、さびしいやしき町の中にありました。少年たちは近くまでバスにのって、約束の六時には、ちゃんとあき家の門の前についていました。
それはレンガべいでかこまれた、木造三階だての洋館でした。なんだか、きみのわるいふるい建物です。
もう、あたりはうすぐらくなっていましたが、そのあき家の門の前に、黒い背広の明智探偵が待ちかまえていたのです。
「先生。」
といって、小林君がかけよりますと、明智探偵は、シッというように、口に指をあてて、目でついてくるようにとあいずをして、門をくぐり、しき石道を歩いて、正面のドアをひらき、西洋館の中へはいっていきました。ドアにはかぎもかけてないようでした。
うちの中は、まっくらでした。電灯も、とめてあるとみえて、スイッチをさがして、おしてみても、あかりはつきません。
「懐中電灯を持ってきたろうね。」
明智探偵のことばに、小林君はすぐに、ポケットから万年筆型の懐中電灯をだして、スイッチをいれました。それをみならって、少年たちも、てんでに、万年筆型の懐中電灯をつけるのでした。この懐中電灯は少年探偵団の七つ道具のひとつなのです。
おおぜいが懐中電灯をつけたので、家の中は、にわかにあかるくなりました。
「感心、感心。みんな、七つ道具を忘れなかったね。」
明智探偵はそういって、さきにたち、廊下を通って階段をのぼり、二階から三階へあがりましたが、そこがおわりかと思うと、まだもうひとつ階段があるのでした。階段というよりは、はしごです。せまい、きゅうなはしごです。
そのはしごをのぼったところに、大きなあげぶたがついていて、それを、上におしあげると、ポッカリと黒い口がひらきました。その上は三階の屋根裏なのです。
「ぼくたち、この屋根裏に、かくれているんですか。」
小林君がききますと、明智探偵は、
「うん、そうだよ。」
と、答えました。
十七人の少年が、ぜんぶ、屋根裏にあがりました。
てんじょうは屋根の形のままで、はしのほうは頭がつかえるほど、ひくくなっています。屋根をささえている材木が、そのまま、むきだしになっていて、いっぽうには、あかりとりの小さな窓がついています。
明智探偵は、少年たちを、おくのほうへすすませて、じぶんは入口のあげぶたのそばに立ちはだかっていましたが、そのとき、なにを思ったのか、クスクスと笑いだしました。
「ウフフフ……、おもしろいねえ。きみたちは、この屋根裏に、とじこめられてしまったんだよ。」
探偵が、みょうなことをいうのです。
なんだか、へんです。いったい、どうしたというのでしょう。
「先生、なぜお笑いになるのです。なにがおかしいのです。」
小林君が、ふしぎそうに、たずねました。
「ウフフフ……、わからないかね。」
「えっ、わからないかって?」
「きみは、いま、おれを先生ってよんだね。なぜ、おれが先生なんだね。」
いよいよ、へんです。それに、明智先生が、「おれ」なんていうのは、おかしいではありませんか。
「ウフフフ、きみたち、うまくだまされたね。おれをだれだと思う。おれは変装の名人だよ。明智探偵にだって、だれにだって、ばけることができるんだ。」
もう声も明智先生の声ではありません。だれとも知れない、しわがれ声です。それでは、この人は明智先生ではないのでしょうか。すると、もしや……。
「ウフフフ……、へんな顔をしているね。やっとわかったかね。そうだよ。おれは明智探偵じゃない。あいつは、いまごろは、まだ福井県で、まごまごしているころだよ。」
「じゃあ、さっきの電話も……。」
「そうさ、あれも、おれが明智の声をまねた、にせ電話だよ。」
「えっ、それじゃあ、きみは……。」
「恐怖王というどろぼうだよ。このごろは黄金仮面ともよばれている。こん夜、片桐のもっている国宝の仏像をぬすみだすので、ひょっとして、片桐が明智の事務所へ電話でもかけて、きみたちにじゃまされるといけないので、こうして先手をうって、とじこめておくのだよ。ハハハハ、おれも、なかなか用心ぶかいだろう。じゃあ、きみたちは、ここで、ゆっくりやすんでいたまえ。……あばよ。」
そういったかとおもうと、明智にばけた怪人は、ヒラリと入口の下のはしごにとびおり、バタンと、あげぶたをおろして、下からカチンと錠をかけてしまいました。そのために、まえもって、あげぶたに錠がとりつけてあったのです。
小林少年は、
「あっ。」
と、さけんで、あげぶたのところへかけつけ、両手でそれをあげようとしましたが、びくとも動くものではありません。
「みんな、てつだってくれ。この板戸をやぶるんだ。」
そこで、みんなが、あげぶたの板戸のまわりに集まって、たたいたり、けったりして、それをやぶろうとしましたが、ひじょうにあつい板でできた、がんじょうな戸ですから、とても、やぶるみこみがないことがわかりました。
それに、たとえ、このあげぶたをやぶったとしても、あいては、どこかにかくれて、ようすを見ているかもしれません。それよりも、このままじっとしていて、あいてをあっといわせるような、うまい計略はないものでしょうか。
小林君はうでぐみをして、じっと考えていましたが、しばらくすると、はっとなにかに気づいたように、目をかがやかせました。
「あっ、いいことがある。みんな七つ道具はそろえているだろうね。黒い絹糸のなわばしご、あれを腹にまいているはずだね。」
それをきくと、少年団員たちは、
「持っています。」
「持っています。」
と、口をそろえて答えました。
「よし、それじゃ、そのなわばしごを三本もつなぎあわせれば、地面までとどくだろう。みんなが、じゅんばんに、それをつたって、おりればいいんだ。あの窓からなわばしごをさげるんだよ。」
「うん、そうだ。それがいいや……。」
みんなは、すぐに、さんせいしました。
「でも、いますぐじゃない。まだ、あいつが、どっかに、かくれているかもしれないから、すこし待ってからにしよう。」
小林君はそういって、窓に近づくと、ガラス戸をそっとひらいて、下をのぞいてみました。
そとにはまだ夕やみのうすあかりが残っていますので、はるか下のほうに、地面がおぼろげに見えています。
草ぼうぼうの、ひろい庭です。
西洋館ですから、ちゅうとに屋根もなく、まっすぐにきりたった、おそろしい高さです。
なわばしごといっても、少年探偵団のは、絹糸をよりあわせた一本のひもで、三十センチごとにむすび玉ができていて、それを足の指にはさんでおりるのですから、まるでかるわざのような冒険です。
少年たちは、まっくらな中で、これから、その冒険をやらなければならないのです。