大格闘
少年探偵団のなわばしごは、小さい子がむやみにつかうとあぶないので、小林団長と中学生の団員だけが、いつも上着の下の腰にまきつけて、持ち歩いているのです。絹のひもですから、まとめると細くなって、腰にまいても、外からはわからないのです。
そのとき、中学生の団員がふたりいましたので、小林団長のと、三つのなわばしごをつなぎあわせ、窓の外へたらして、それをつたって、つぎつぎと、みんなが地面におりることになりました。
絹ひものはしについている鉄のかぎを、窓わくに、しっかり、くいこませ、さがったなわばしごをつたって、まず中学生の団員がさきにおりました。
絹ひもには三十センチごとに、大きなむすび玉ができているので、それを足の指ではさみながら、おりるのです。ですから、みんな、くつしたをぬぎ、くつの中におしこんで、そのくつは腰にさげておりるのです。
それから、小学生の団員やチンピラ隊が、ひとりずつ、おりていき、もうひとりの中学生は、そのなかほどにはいって、小さい団員をたすけながらおり、さいごに小林団長がおりました。
そのころは、もう、まっくらになっていましたから、へいのそとから見られるようなことはありません。恐怖王の部下も、庭を見はってはいないらしく、十七人の少年たちは、ぶじに門の外へ出ることができました。
なわばしごは窓からさげたままで、残してきました。一本だけなら、下からひもをゆすって、かぎをはずすことができるのですが、三本もつないであっては、とても、はずせません。おしいけれども、なわばしごは残したままにしておきました。
少年たちは、それからすぐにバスにのって、目黒の片桐さんのうちへいそぎました。恐怖王は今夜の十時に片桐さんの美術室から、国宝の仏像をぬすみだすといったのですから、少年探偵団は、そのじゃまをしなければなりません。明智先生がるすなので、先生にかわって怪人とたたかうのです。
みんなが、片桐さんのおうちのへいの外についたのは、もう八時半ごろでした。十時には、間があります。けれども恐怖王は、そのまえに片桐さんのうちへしのびこむかもしれません。
そこで少年たちは、ばらばらにわかれて、片桐さんのへいのまわりのやみの中に身をかくして、見はっていることにしました。
門の近くには、小林少年と中学生の団員ふたりとが、町かどや電柱のかげからじっと門のほうを見まもっていました。門の中には、ふたりの警官が、いったり、きたりしています。
三十分あまりしんぼうしてみはっていますと、警官が通りすぎるすきを待っていたように、片桐さんの門の中から黒い影法師が四人、ひとかたまりになって、いそぎ足に出てきました。
三人は、まっ黒なシャツとズボンのすがたで、その中に金色のやつが、ひとりいます。
「あっ、黄金仮面だっ。」
小林君は、おもわず、心の中でさけびました。
しかし、なんだか、へんです。金色のやつはけがでもしたのか、ぐったりして、三人の黒いやつによりかかり、三人は、三方から、それをだきかかえて歩いているのです。
四人が門を出たかとおもうと、そのうしろから、小さな、まっ黒なやつが、もうひとり、とびだしてきました。そして、四人のあとから、ついていくのです。なんだか、尾行しているような感じです。
「あっ、ポケット小僧だ。やっぱり、すばしこいな。」
小林君が、ひとりごとを、いいました。それはチンピラ隊のポケット小僧だったのです。ポケットにはいるほど小さいというので、そういうあだながついているのですが、じつにだいたんで、すばしっこい少年です。これまでもたびたび、少年探偵団のために、てがらをたてています。
小林団長は、そのポケット小僧ひとりだけ門の中にいれて、見はりをさせておいたのですが、それが、いま、あやしい四人のあとをつけているわけです。
黄金仮面の一団とポケット小僧が、むこうの、くらい町かどをまがったとき、門の中から、ふたりの警官がとびだしてきました。
今夜は黄金仮面の恐怖王がやってくるというので、片桐さんのうちには、三人の警官が見はり番をつとめていたのですが、その中のふたりが、怪人が逃げだしたのを知って追っかけてきたのです。
警官たちは、きょろきょろと、あたりを見まわしましたが、もうそのへんには、あやしい人かげはありません。どうしようかと、ためらっているところへ、こちらの電柱のかげから、小林少年がとびだしていきました。
それを見ると、警官たちは、あやしいやつと、身がまえましたが、小林君は、つかつかと、そのそばに寄って警官たちになにかささやきました。
「うん、そうか。よし、どっちへ逃げた。」
「こっちですよ。」
小林少年はそういって、ふたりの警官のさきにたって、さっき、怪人の一団がきえた町かどへいそぎました。
町かどをまがって、しばらくいきますと、せまい路地の入口に、まっ黒な姿のポケット小僧が立っていました。そして、小林少年を見ると、すぐに、そばによってきて、耳に口をつけるようにして、なにごとかささやきました。
「この路地のおくに、一軒の、小さなあき家があるそうです。四人のやつはその中にはいっていったということです。」
小林君が説明しますと、ふたりの警官はうなずいて、
「よし、それじゃ、表とうらにわかれて両方から、そのあき家にふみこむことにする。きみたちはあぶないから、なるべく近寄らないがいい。」
警官はそういって、ポケット小僧の案内で路地の中へかけこんでいきました。
小林少年は、路地の入口に立ったまま、ポケットからよびこの笛をとりだすと、ピリピリピリピリ……と、ふきならしました。少年探偵団員を、よび集めるためです。このよびこの笛も、探偵七つ道具の一つなのです。
だれかのよびこが聞こえたら、団員は、てんでに、じぶんのよびこをふきならして、みんなに知らせることになっていました。
小林君がよびこをふいたので、片桐さんのへいのそとに見はりをしていた団員たちが、つぎつぎとよびこをならす音が遠くから聞こえました。
そして、しばらくすると、小林君のまわりに、おおぜいの団員が集まってきました。
小林少年は団員たちに、ことのしだいを話してきかせ、二隊にわかれて、あき家の表口とうら口へ、おしかけることにしました。
そのときです。まっくらな路地の中から、ぱっと風のように、とびだしてきたものがあります。
「あっ。」とおもって、よく見ますと、さっきの黒シャツの三人です。黄金仮面はどこへいったのか、すがたが見えません。
「おい、こいつらだよ。みんな、ひっつかまえるんだっ。」
小林君は、そうさけんで、三人のうちのひとりに、とびついていきました。
それをみると、十数名の団員たちも三人にとびかかり、くらやみの中の大格闘となりました。
あいては三人、こちらは十数人です。ひとりに四人か五人がくみついていくのですから、いくら子どもでも、ばかにはできません。
うしろからとびついて、首にぶらさがるもの、腕にからみつくもの、なかには、手首にくいつくものさえあります。
「あっ、いたいっ。ちくしょうめっ。」
力いっぱいふりはなして逃げようとすると、もうひとりの少年に足をすくわれて、ぱったりたおれるというありさま。
さすがに、力のつよい悪者たちも、さんざんなやまされましたが、こちらはまだ小さい小学生がおおいのですから、いつまでも悪者をひきとめる力はありません。ひとりずつなげとばされて、なかなか、おきあがれないでいるうちに、黒シャツの三人は、とうとう、やみの中へ逃げさってしまいました。
それにしても、さっきの、ふたりの警官はどうしたのでしょう。少年たちは、こんなに、たたかっているのに、たすけにこないのは、ふしぎです。
ああ、そうです。あき家には、まだ黄金仮面の恐怖王が残っているはずです。警官たちは、ふたりがかりで、黄金仮面とたたかっているのではないでしょうか。
三人の悪者を取り逃がした少年たちは、がっかりして、路地の入口にうずくまっていました。ころんだまま、おきあがれないものもいます。やっとおきあがって、おしりをさすっているものもいます。でも、さいわいなことに、ひどいけがをしたものは、ひとりもありません。
そこへ、路地の中から、小さな、まっ黒なものがころがるように、とびだしてきました。ポケット小僧です。
ポケット小僧は、やみの中で小林団長の姿をさがすと、そのそばによって、なにかボソボソとささやきました。
「えっ、黄金仮面が……。」
小林君は、びっくりして、たちあがりました。
「うん、そうだよ。だから、おまわりさんが、みんなに、くるようにって。」
それは、じつに、おどろくべき知らせでした。いったい黄金仮面が、どうしたというのでしょう。
「よし、それじゃ、みんなで、いってみよう。」
小林団長は少年たちを集めて、路地の中へはいっていくのでした。
ああ、あき家の中には、なにが待っているのでしょう。なにか、おそろしいことが、おこるのではないでしょうか。それとも……。