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帕诺拉马岛绮谭(二十二)

时间: 2022-03-07    进入日语论坛
核心提示:二十二「お前は、どの程度まで私の陰謀を察していたか知らない。敏感なお前は定めし可也(かなり)深い所まで想像を廻(めぐ)らして
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二十二


「お前は、どの程度まで私の陰謀を察していたか知らない。敏感なお前は定めし可也(かなり)深い所まで想像を(めぐ)らしてもいただろう。だが、流石のお前も、私の計画なり理想なりが、これ程根強いものとは、まさか知らなかっただろうね」
 物語りを終ると、丁度その時は真赤な花火が、まだ消えやらず空を染めていましたが、その赤鬼の形相を以て、廣介はじっと千代子を睨みつけるのでした。
「帰して、帰して――」
 千代子は、もうさい前から、外聞を忘れて、泣きわめきながら、ただこの一ことを繰返すばかりでした。
「聞け、千代子」廣介は彼女の口をふさぐ様にして、怒鳴りつけました。「こんなに打開けて了ってから、お前をただ帰すことが出来ると思っているのか。お前はもう俺を愛さないのか。昨日まで、いやたった先程まで、お前は俺が本当の源三郎であるかどうかを疑いながら、やっぱり俺を愛していたではないか。それが、俺が正直に告白をして了うと、もう俺を仇敵(かたき)の様に憎み恐れるのか」
「離して下さい。帰して下さい」
「そうか、じゃあ、お前はやっぱり、俺を夫の(かたき)だと思っているのだな。菰田家の(あだ)と思っているのだな。千代子、よく聞くがいい。俺はお前がこの上もなく可愛い。一層(いっそ)お前と一緒に死んで了い度い程に思っているのだ。だが、俺にはまだ未練がある。人見廣介を殺し、菰田源三郎を蘇生させる為に、俺はどれ程の苦心をしたか。そしてこのパノラマ国を築くまでにどの様な犠牲を払ったか。それを思うと、今一月程で完成するこの島を見捨てて死ぬ気にはなれない。だから、千代子、俺はお前を殺す(ほか)に方法はないのだ」
「殺さないで下さい」それを聞くと千代子はかれた声をふり絞って叫ぶのです。「殺さないで下さい。何でもあなたのおっしゃる通りにします。源三郎として今までの様にあなたにつかえます。誰にも云いません。これから先も口へは出しません。どうか殺さないで下さい」
「それは本気か」煙火(はなび)の為に真青に彩られた廣介の顔の、目ばかりが紫色にギラギラと輝いて、突き通す様に千代子を睨みつけました。「ハハハハハハハ、駄目だ、駄目だ。俺はもう、お前が何と云おうが、信ずることは出来ないのだ。ひょっとしたら、お前はまだ幾らかは俺を愛していてくれるかも知れない。お前の云うことが本当かも知れない。だが何の証拠があるのだ。お前を生かして置いては俺の身が(ほろ)びるのだ。よし又、お前は他人に知らせぬ(つも)りでいても、俺の告白を聞いて了った以上、女のお前の腕前では、迚も俺だけの虚勢がはれるものではない。いつとなくお前のそぶりがそれを打開けて了うのだ。どっちにしても、俺はお前を殺す外に方法はないのだ」
「いやです、いやです。私には親があるのです。兄弟があるのです。助けて下さい、後生です。本当に木偶(でく)(ぼう)の様に、あなたの云いなり次第になります。離して、離して」
「そら見ろ。お前は命が惜しいのだ。俺の犠牲になる気はないのだ。お前は俺を愛してはいないのだ。源三郎丈けを愛していたのだ。いや、仮令源三郎と同じ顔形の男を愛することが出来ても、悪人のこの俺丈けは、どうしても愛せないのだ。俺は今こそ分った。俺はどうあってもお前を殺す外はない」
 そして、廣介の両腕は、千代子の肩から徐々に位置を換えて、彼女の首に迫って行くのでした。
「ワワワワワワ、助けて……」
 千代子はもう無我夢中でした。彼女はただ身を逃れることの外は考えなかったのです。遠い祖先から受継いだ護身の本能は、彼女をして、ゴリラの様に歯をむかせました。そして、殆ど反射的に、彼女の鋭い、犬歯(けんし)は、廣介の二の腕深く喰い入ったのです。
畜生(ちくしょう)ッ」
 廣介は思わず手をゆるめないではいられませんでした。その隙に、千代子は日頃の彼女からはどうしても想像することの出来ない、す早さで、廣介の腕をくぐり抜けると、恐しい勢で、海豹(かいひょう)の様に水中を跳ねて、真暗な彼方の岸へと逃れました。
「助けて……」
 (つんざ)く様な悲鳴が四周(あたり)の小山に響き渡りました。
「馬鹿、ここは山の中だ。誰が助けに来るものか、昼間の女共は、もうこの地の底の部屋に帰ってぐっすり寐込んでいるだろう。それに、お前は逃げ道さえ知らないのだ」
 廣介は態と余裕を見せて、猫の様に彼女へ近寄るのです。地上には何者もいないことは、この王国の(あるじ)である彼にはよく分っていました。少しばかり心配なのは、彼女の悲鳴が、花火の筒を通して、遙かの地下へ伝わりはしないかということでしたが、幸いにも彼女の上陸したのは、それの反対側でしたし、又地下の花火打上(うちあげ)装置のすぐ側には、発電用のエンジンがひどい音を立てていて、滅多に地上の声などが聞える筈はないのでした。それにもっと安心なのは、丁度今十幾発目かの花火が打上げられて、さっきの悲鳴はその音の為に、殆ど打消されて了ったことです。
 まだ消えやらぬ、金色(こんじき)の火焔は、あちこちと出口を探して逃げ惑う千代子の痛ましい姿を、まざまざと映し出しています。廣介は一飛びに彼女の身体に飛びついて、そこへ折重なって倒れると、何の苦もなくその首に両手を廻すことが出来ました。そして、彼女が第二の悲鳴を発する前に、彼女の呼吸はもう苦しくなっていたのです。
「どうか許してくれ、俺は今でもお前を愛している。だが俺は余り慾が深いのだ。この島で行われる数々の歓楽を見捨てることが出来ないのだ。お前一人の為に身を亡す訳には行かぬのだ」
 果てはぽろぽろと涙をこぼして、廣介は「許してくれ、許してくれ」を連呼しながら、益々固く腕を締めて行きました。彼の身体の下では、肉と肉とを接して、裸体の千代子が、網にかかった魚の様に、ピチピチと躍っているのです。
 人工花山(はなやま)の谷底、あたたかく匂やかな湯気の中で、奇怪なる花火の五色の虹を浴び、ざれ狂う二匹の(けだもの)の様に、二人の裸体がもつれ合う。それは恐しい人殺しなんかではなくて、寧ろ酔いしれた男女の裸踊りとも眺められたのです。
 追い廻す腕、逃げまどう肌、ある時は、密着した頬と頬との間に、(しょ)っぱい涙が混り合い、胸と胸とが狂わしき動悸(どうき)の拍子を合せ、その滝つ瀬のあぶら汗は、二人の身体をなまこの様なドロドロのものに解きほぐして行くかと見えました。
 争闘というよりは、遊戯の感じでした。「死の遊戯」というものがあるならば、(まさ)しくそれでありましょう。相手の腹にまたがって、その細首をしめつけている廣介も、男のたくましい筋肉の下で、もがきあえいでいる千代子も、いつしか苦痛を忘れ、うっとりとした快感、名状出来ない有頂天に陥って行くのでした。
 やがて、千代子の青ざめた指が、断末魔の美しい曲線を描いて、幾度か(くう)を掴み、彼女のすき通った鼻の穴から、糸の様な血のりが、トロトロと流れ出ました。そして、丁度その時、まるで申合せでもした様に、打上げられた花火の、巨大な金色(こんじき)花瓣(かべん)は、クッキリと黒天鵞絨(ビロード)の空を区切って、下界の花園や、泉や、そこにもつれ合う二つの肉塊を、ふりそそぐ金粉の中にとじこめて行くのでした。千代子の青白い顔、その上に流れる糸の様に細く、赤漆(あかうるし)の様につややかな、一筋の血のり、それがどんなに静にも美しく見えたことでしょう。

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