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帕诺拉马岛绮谭(二十三)

时间: 2022-03-07    进入日语论坛
核心提示:二十三 人見廣介がT市の菰田邸に帰らなくなったのは、その日からでした。彼は全くパノラマ国の住人として――この物狂わしき王
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二十三


 人見廣介がT市の菰田邸に帰らなくなったのは、その日からでした。彼は全くパノラマ国の住人として――この物狂わしき王国の君主として、沖の島に永住することになりました。
「千代子はこのパノラマ国の女王様だ。人間界へは決して二度と姿を見せないだろう。お前はこの島にある群像の国を見ただろうか。時として千代子は、あの目まぐるしく林立した裸体像の一人になりすましていることもあるのだよ。そうでない時には海の底の人魚か、毒蛇の国の蛇使いか、花園に咲き乱れた花の精か、そして、その様な遊びにも飽き果てると、この壮麗な宮殿の奥深く、錦のとばりに包まれた、栄耀栄華(えいようえいが)の女王様だ。この楽園の生活を、どうして彼女が好まないことがあろう。彼女は丁度昔話の浦島太郎(うらしまたろう)の様に、時を忘れ、家を忘れてこの国の美しさに陶酔しているのだ。お前(がた)はちっとも心配なぞすることはないのだよ。お前のいとしい主人は、今幸福の絶頂にあるのだから」
 千代子の年とった乳母(うば)が主人の安否を気遣(きづか)って、態々(わざわざ)沖の島へ彼女をお迎いにやって来た時、廣介は、島の地下を穿(うが)って建築した壮麗な宮殿の玉座に坐って、まるで一国の帝王がその臣下を引見(いんけん)する様な、おごそかな儀礼を以て、この昔者(むかしもの)の老婆を驚かせました。老婆は廣介の美しい言葉に安堵(あんど)したのか、それとも、その場の光景の物々しさにうたれたのか、返す言葉もなく引下る外はなかったのです。
 凡てがこの調子でありました。千代子の父には重ね重ねの莫大な引出物(ひきでもの)、その外の親類縁者には、あるものには経済上の圧迫、あるものにはその反対に惜しげもない贈物、それから官辺(かんぺん)へのつけ届けなども、角田老人の手によって、抜かりなく実行されていたのです。
 一方島の人々は、千代子女王の姿を垣間(かいま)見ることさえ許されませんでした。彼女は昼も夜も、地下の宮殿の奥深く、廣介の居間の裏側の、重いとばりの蔭にかくれ、何人たりとも、その部屋に入ることを禁ぜられていたのです。でも、主人の異常な嗜好(しこう)を知っている島の人々は、定めしそのとばりの奥には、王様と女王様丈けの、歓楽と夢の世界が秘められているのであろうと、ニヤニヤ笑いながら噂し合う位で、誰一人疑いを抱くものとてもありません。一体島の人達は、数人の男女を除いては、千代子の顔をはっきり見知っている者もなく、ふと行きずりに女王様のお姿を見たところで、それが果して本当の千代子かどうかを見分ける力もないのでした。
 斯様(かよう)にして、殆ど不可能な事柄がなしとげられたのです。廣介は菰田家の限りなき財力によって、あらゆる困難に打勝ち、凡ての破綻を取りつくろうことが出来ました。今まで貧乏だった親類縁者が(たちま)ちにして俄分限(にわかぶげん)となり、みじめだった曲馬団の踊子、活動女優、女歌舞伎達は、この島では日本一の名優の様に好遇され、若い文士、画家、彫刻家、建築師達は、小さな会社の重役程の手当を受けているのです。仮令そこが恐しい罪の国であったとしても、その人達にどうしてパノラマ島を見捨てる勇気がありましょう。
 そして、遂に地上の楽園は来たのでした。
 (たぐい)を絶したカーニバルの狂気が、全島を覆い始めました。花園に咲く裸女の花、湯の池に乱れる人魚の群、消えぬ花火、息づく群像、踊り狂う鋼鉄製の黒怪物、酩酊(めいてい)せる笑い上戸(じょうご)の猛獣共、毒蛇の蛇踊り、その間をねり歩く美女の蓮台、そして、蓮台の上には、(にしき)(きぬ)に包まれたこの国々の王様、人見廣介の物狂わしき笑い顔があるのです。
 蓮台は時として、島の中央に完成したコンクリートの大円柱の、それには一面に青い(つた)が這い、その間をこれは又鉄の蔦の様な螺旋(らせん)階が、ネジネジと頂上まで続いているのですが、その螺旋階をよじ昇ることもありました。
 そこの頂上の奇怪な蕈形(きのこがた)の傘の上からは、島全体を、遙かなる波打際(なみうちぎわ)まで一目に見渡すことが出来たのですが、その眺望の不可思議を何に例えたらよいのでしょう。下界でのあらゆる風景は、螺旋階を昇ると共に消え去って、花園も池も森も人も、ただ見る幾重畳(いくちょうじょう)の大岩壁と変り、頂上からは、それらの紅がら色の岩壁が丁度一輪の花の各々(おのおの)の花瓣の形で、遙かの波打際まで重なり合って見えるのです。パノラマ国の旅人は、様々の奇怪な景色の後で、この思いも(もう)けぬ眺望に、又しても一驚を(きっ)しなければなりません。それは例えば、島全体が、大海に漂う一輪の薔薇(ばら)でありましょうか、巨大なる阿片の夢の真紅の花が、(そら)なるおてんとう様と、たった二人で、対等の交際をしているのです。その(たぐい)なき単調と巨大とが、どの様に不思議な美しさを醸し出していたか。ある旅人はともすれば彼の遠い遠い祖先が見たであろう所の、かの神話の世界を思い出したかも知れないのですが、……
 それらのすばらしい舞台での日夜を(わか)たぬ狂気と淫蕩(いんとう)、乱舞と陶酔の歓楽境、生死(しょうじ)の遊戯の数々を、作者は如何に語ればよいのでありましょう。それは恐らく、読者諸君のあらゆる悪夢の内、最も荒唐無稽で、最も血みどろで、そして最も瑰麗なるものに、幾分似通(にかよ)っているのではないかと思われるのですが。

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