鏡の中の怪人
おそろしい青銅の魔人は、ついに死んでしまいましたが、では、これで魔人さわぎはおわったのかというと、どうもそうではなさそうです。魔人のたましいが、どこかにのこっていて、おそろしい復讐をたくらんでいるらしいのです。
復讐のやりだまにあがったのは、明智探偵の少年助手小林君でした。あの魔人ついらくのさわぎのさいちゅう、アッと思うまに、小林君の目の前に、まっ黒な布がかぶさって来て、そのまま気をうしなってしまったのでした。
それから、どれほど時間がたったかわかりませんが、小林君は、おそろしい夢からさめたように、フッと目をひらきました。
部屋の中には、なんだか見なれない、赤ちゃけた光がただよっています。なんの光だろうと、ふしぎに思って、目をそのほうに向けてみますと、天井から細い鉄のくさりで、へんなかっこうの石油ランプがさがっているのです。
あたりを見まわすと、そこは、今まで一度も見たことのない、ふしぎな部屋でした。四方のかべはお堀のどてのような石垣になっています。天井は太い材木をたてよこに組みあわせて、その上に厚い板がはってあるのです。床も大きな石をならべたままで、しきものもなく、道具といっては、木のベッドがただ一つあるだけ。そのベッドの上に、小林君は、今まで寝ていたのです。
「いったい、ここはどこなんだろう?」
しばらく考えているうちに、青銅の魔人が煙突からついらくしたこと、それを見ていた時、まっ黒なものがフワッと頭の上からかぶさって来て、そのまま何がなんだかわからなくなってしまったことを思いだしました。
「じゃあ、今まで気をうしなっていたんだな。それにしても、ここはだれのうちなんだろう?」
小林君はベッドからおりようとしましたが、なんだか、からだじゅうがしめつけられているようで、自由に動けないのです。やっとのことで、石の床に立って、ヨロヨロと二三歩あるきましたが、たちまち、アッとさけんで、たちすくんでしまいました。じつにおそろしいものを見たからです。
正面の石垣のかべに窓があって、むこうの部屋が見えています。その窓のところに、ギョッとするようなものがいたのです。それは青銅の魔人でした。
煙突からおちて死んだはずの怪物が、ゆうぜんとして姿をあらわしたのです。小林君は夢ではないかと、うたがいました。
怪物は小林君と同じように、じっと立ちどまって、こちらを見つめています。首をかしげて、何か考えごとをしているようです。気がつくと、例のギリギリという歯ぎしりの音がきこえます。ふしぎなことに、小林君には、その音が自分の腹のへんから出ているように感じられるのです。
いつまでにらみあっていてもはてしがないので、小林君はためしに一歩前に進んでみました。すると、怪物のほうでも、まるで、こちらのまねをするように、サッと一歩前にすすみました。手をあげると先方も手をあげます。首をかしげると先方も首をかしげます。
「オヤ、へんだぞ!」
小林君の頭にハッとある考えがうかびました。それはじつにとほうもない考えでしたが、小林君はためしてみる気になりました。ツカツカと窓のほうへ近づいて行ったのです。すると、怪物もツカツカとこちらへ進んできました。窓のところで、今にもふたりの顔がぶつかりそうです。
小林君は思いきって、右の手を前にのばしました。すると、思ったとおりでした。そこにはつめたいガラスがあったのです。小林君の手は厚いガラス板にぶつかって、カチンと音がしたのです。
小林君は背中に水をあびせられたように、ゾーッとしました。
むこうから近づいて来たのは、青銅の魔人ではなくて、小林君自身の顔だったのです。
窓ではなくて、これは一枚の大きな鏡でした。鏡が石垣のかべにかけてあったのです。その鏡にうつった小林君の姿が、青銅の魔人とそっくりだったのです。
思わず自分のからだを見ました。両手を前にだして、つくづくとながめました。そして、鏡のかげばかりではなく、じかに見ても、自分のからだがいつのまにか、すっかり青銅にかわっていることをたしかめました。
さっきベッドをおりる時、なんだか、からだがギクシャクしてきゅうくつに感じたのは、このためだったのです。やわらかい肉が、いつのまにか、よろいのような青銅につつまれていたからです。
小林君は両手で顔にさわってみました。頭の毛にもさわってみました。すると、顔もかみの毛も、カチカチと金属の音がするのです。アア、小林君は魔人の妖術によって、生きた銅像にされてしまったのでしょうか。
「エヘヘヘヘヽヽヽヽヽ。」
とつぜん、うしろのほうで、へんてこな笑い声がしました。人をばかにしたように、ヘラヘラ笑っているやつがあるのです。
小林君は、ヒョイとふりむきました。すると、またしてもドキンとするような、えたいのしれぬ怪物が、そこに立っていたではありませんか。