古井戸の秘密
手塚さんが魔人だなんて、そんなばかなことはありません。手塚さんは時計を盗まれたり、子供をさらわれたりした、被害者なのですから。
では、魔人は立ちならんだ大きな仏像の、どれかの中に、かくれてでもいるというのでしょうか。みんなは、このふしぎなことばに、あっけにとられて、名探偵の顔を見つめるばかりでした。
「イヤ、中村君、きみにのみこめないのはもっともだ。それじゃ、もっとわかるように説明しよう。」
明智は指さしていた右手をおろして、もとの場所に立ちはだかったまま、話しはじめました。
「さっきぼくは、二日前からこの地下室にしのびこんで、魔人の手下の道化師を戸棚にとじこめ、ぼくが道化師にばけていたといったね。それから、ゆうべはその道化師の姿で、たいへんなはたらきをしたといったね。それをまず説明しよう。
あの手塚さんの庭の古井戸が、魔人のすみかの入口だということを発見したのは、今から三日前の夜中だった。古井戸の底にはいつも水があったのに、その晩、ぼくが懐中電灯でのぞいたときには、すっかり水がなくなっていた。へんだなと思ったので、林の木のかげにかくれて、長いあいだ見はっていると、あんのじょう青銅の魔人が古井戸の中からノコノコと出て来たのだよ。
ぼくは魔人のあとをつけるよりも、古井戸の中をしらべるのが先だと思ったので、魔人が立ちさるのをまって、井戸の中をのぞいて見た。すると、どうだろう、井戸の底には、どこからか、おそろしいいきおいで水がながれこんで、白く波だっているじゃないか。
エ、わかるかい。きみ。じつにうまいことを考えたもんだね。古井戸の底にはいつも水がいっぱいあるので、だれもうたがわない。ただ、魔人が出はいりする時だけ、その水をなくすればいいのだ。それにはね、あとでしらべてわかったのだが、井戸の底の石の壁のうしろに、大きなタンクがかくしてあるんだ。スイッチをおすと、モーターの力で、井戸の水がそのタンクの中へすいあげられてしまう。魔人のやつは、近所の動力線から電気を盗んでいるんだよ。
そうして、水をなくしておいて、魔人は縄ばしごのさきのまがった金具をほうりあげ、それを井戸がわにひっかけて、地上へのぼってくるんだ。
縄ばしごといっても、じょうぶな一本の絹ひもに、三十センチおきぐらいにむすび玉をこしらえたもので、丸めるとポケットにはいってしまう。やつは井戸を出ると、それを丸めてポケットに入れて立ちさる。
すると、一分もたたないうちに、自動的にタンクの口がひらいて、ドッと水がながれだし、たちまち井戸の底は水でふさがってしまう。それでもうなんのあとかたものこらないというわけだよ。
ぼくはどうかして、魔人のるすのまに、地下のすみかへはいりたいと思ったが、水のなくなるのはホンのすこしのあいだだから、とても、まともにははいれない。そこで、ぼくは一度家にかえって、じゅうぶん用意をしたうえ、その次の真夜中に魔人の出て行ったあとを見すまして、ぼくの縄ばしごで井戸の中へおりて行った。むろん、水をもぐる決心だよ。ぴったり身についたゴム製のシャツとズボンを着たのだ。
ずいぶんつめたい思いをしたが、井戸の底にもぐって、横穴をさがし、それをぬけて、地下道へはいあがるのには、一分もかからなかった。からだをすっかりふいて、ゴム袋に入れて持っていた服を身につけ、この地下の部屋部屋をコッソリ見てまわった。そして三人の小人の魔人を見つけ、三人を見はっているのは、あの道化師ひとりだけだということをたしかめた。
ぼくは物かげにかくれて、道化師のくせや、口のききかたを、よくおぼえておいてから、ふいにおそいかかって、やつをしばりあげ、戸棚の中におしこめ、道化服をうばって、ぼくが道化師にばけてしまった。戸棚の鍵もその道化服のポケットにあったのだよ。
道化師にばけたぼくは、魔人の正体をたしかめるのに二日かかった。ひじょうにむずかしい仕事だった。魔人は、たいてい外に出ていて、真夜中にちょっと顔を見せるくらいのもので、たしかめるのに骨がおれたが、ぼくはとうとう、魔人の秘密を見やぶってしまった。
小魔人の姿にされた三人の子供たちにも、ぼくが明智だということは知らせないで、魔人の手下の道化師と思いこませておいたが、ゆうべ、ちょっとゆだんしているまに、大へんなことがおこった。子供たちはコッソリ打ちあわせをして、魔人が外出したあとから、井戸の底へはいって行った。そして、タンクから、ほとばしり出る水に、まきこまれたのだ。三人は今すこしでおぼれてしまうところだった。」
読者諸君は、井戸の底で小林少年と昌一君と雪子ちゃんとが、おそろしい水ぜめにあったことを、おぼえているでしょう。明智は今、あの時のことを話しているのです。