びっくり箱
「明智君、ゴム人形の秘密は、わかったが、すると、ほんものの青銅魔人は、いったい、どこにいるんだね。まさかゴム人形が、手塚さんを、ここへつれて来たわけではなかろう。」
手塚さんのそばにしゃがんだ中村警部が、いぶかしそうに、たずねました。
「それも、じきにわかるよ。ちょっと、待ってくれたまえ。そのまえに見せたいものがあるんだ。中村君、それから手塚さんも、いまぼくが妙なことをはじめるからね、よく見ていてください。」
明智は、なんだかニヤニヤ笑いながら、黒ビロウドのたれ幕の中へ、スーッと、はいって行ってしまいました。
明智の意味ありげなことばに、三人は何事がおこるのかと、だまりこんで、待っていますと、やがて、ビロウドの幕がユラユラとゆれて、その合わせ目から、パッと、まっかなものが、とびだして来ました。まるで、ビックリ箱から、道化人形がとびだすように、ひとりの道化師があらわれたのです。
紅白だんだらぞめの、ダブダブの服、トンガリ帽子、顔はまっ白におしろいをぬって、両方の頬に、赤い日の丸がついています。
こちらの三人は、あっけにとられて、ただ目を見はるばかり、口もきけないでいますと、道化師は、三人の前に立ちはだかって、いきなりゲラゲラと笑いだしたではありませんか。
「ワッハハハヽヽヽヽ、どうだね、この早わざは。一分間におしろいをぬって、べにをつけて、道化服を着た手ぎわは、ハハハ……、まだわからないかね。ぼくだよ、明智だよ。ちょっと、魔神の弟子の道化師に化けて見たのさ。」
「なあんだ、きみだったのか。びっくりさせるじゃないか。そんな変装をして、いったい、どうしようというのだ。」
中村警部は、おこったような声で、たずねます。
「イヤ、ゆうべ、真夜中にね、ぼくはこういうふうをして、あるところで、大はたらきをしたんだよ。道化師になりすまして、敵のうらをかいたのだよ。手塚さん、わかりますか、ぼくのやりかたが。探偵というものは、こういう早わざの変装もするのですよ。」
「じゃあきみは、その道化師の服をとりあげたわけだね。すると、ほんものの道化師は、いったい、どうしたんだ。まさか、きみは……。」
警部が心配そうにいいだすのを、明智は身ぶりでとめて、また笑いました。
「ハハハヽヽヽヽ、それは今お目にかけるよ。ちょっと、待ってくれたまえ。」
そういって、出て来た時と同じすばやさで、パッとビロウド幕の中へ、とびこんで行きましたが、しばらくすると、幕が大風にふかれたように、波うって、めくれあがり、幕のはじが天井の綱にひっかかりました。つまり幕がひらいて、その奥が見えるようになったのです。
そこに明智がニコニコ笑って、立っていました。道化師は、かき消すようにいなくなって、もとの姿の明智探偵でした。いつのまに、ふきとったのか、顔には、べにのあとも、おしろいのあともありません。手品師のような早わざです。
「では、ほんとうの道化師を、お目にかけます。」
明智のうしろに、仏像などをおさめる
光といっては、石の天井からつるした石油ランプばかりですから、戸棚の中はボンヤリとしか見えませんが、たしかに人間です。シャツ一枚になった大男が、手足をグルグルまきにしばられて、まるくなって横たわっているのです。
「ハハハヽヽヽヽ、わかりましたか。こいつは二日も前から、ここにとじこめてあるのですよ。そして、その二日のあいだ、ぼくが道化師の身がわりをつとめていたのですよ。むろん、こいつには、時々たべものを、やっておきましたがね。おわかりになりましたか手塚さん。この厨子の中には、魔人がどこかのお寺から盗みだした仏像が、安置してあった。ぼくはそれを、別の場所におきかえて、仏像のかわりに、道化師を入れておいたというわけですよ。」
「じゃあ、そいつも魔人のなかまだなッ。」
中村警部は今にも飛びかかりそうな、いきおいで、どなりました。
「そうだよ。しかし、こうしておけば、けっして逃げやしない、だいじょうぶだよ。」
明智は観音びらきをしめて、また鍵をかけてしまいました。
「手塚さん、おまちどおでした。では、これから、昌一君と雪子ちゃんのいる所へ、ごあんないしましょう。」
それを聞くと、中村警部がへんな顔をして、明智をせめるようにいいました。
「なあんだ、きみはそれを知っていたのかい。それじゃあ何も、道化師に変装したりして、グズグズしていないで、早くそこへ行けばいいのに。」
「イヤ、ものには順序がある。手塚さんに、ぼくも変装の名人だということを、ちょっと見せておきたかったのだよ。じゃあ、手塚さんといっしょに、ぼくのあとから、ついて来たまえ。」
明智は先に立って、入口のドアーをひらくと、石のトンネルの中へ出て行きます。警部と刑事とは、青ざめた手塚さんを、中にはさむようにして、そのあとにしたがいました。