チンピラ副団長
二十面相はギョッとして、ふりあげていた手をおろしました。
「オイ、二十面相君、きみは、明智のやりかたを忘れたんだね。相手のピストルのたまを、すっかりぬきとっておいてから、ご用だッとやる、ぼくのくせをさ。ハハハヽヽヽヽ、手榴弾だって、同じことだよ。ぼくはきのう、それを発見して、中の爆薬をすっかりぬきとっておいたのさ。」
二十面相は、手榴弾をしらべて、明智のいうのが、うそでないことがわかると、それをポイと地面にほうりだしました。
「フフン、明智君、さすがに腕はにぶらないねえ。おもしろい。きみのほうは昔のままだが、おれは少しばかり、かしこくなったつもりだ。おれの奥の手はまだこれからだぜ。」
二十面相はふてぶてしく、せせら笑うのです。
「たとえば?」
明智もまけずに、ニコニコしています。
「たとえば、このふたりのかわいい子供さ。もしきみたちが、おれをとらえようとすれば、この子供のいのちがなくなるかもしれないということさ。おれは人殺しはだいきらいだ。今まで一度も人を殺したり、傷つけたりしなかったのが、おれのじまんだが、こんどだけは別だ。わが身にはかえられないからね。ひょっとしたら、このふたりをおれの身がわりにするかもしれないぜ。」
二十面相は、にくにくしげにいって、ふたりの小魔人をふみつけている足に、グッと力を入れてみせるのです。
しかし、こんども、明智は少しもあわてません。おまえのほうに奥の手があれば、こっちにも奥の手があるぞと、いわぬばかりに、平気な顔で、ニコニコしています。
「二十面相君、気のどくだが、この勝負も、どうやらぼくの勝ちらしいね。」
「エッ、なんだって?」
「ホーラ、きみはもうビクビクしている。そのとおり、きみの負けだよ。いいかい、たとえばだね、ぼくのうしろに立っている小魔人を、きみはだれだと思っているのだい。きみがさいしょ、このよろいを着せた時には、たしかに、ぼくの助手の小林がはいっていた。だが、今でもそのまま小林がはいっているのだろうか。もしや、ほかの子供と入れかわってやしないだろうか。ハハハヽヽヽヽ、きみは顔色をかえたね。察しがついたかい。では、一つあらためて見ることにしよう。」
明智は、かねて道化師から取りあげておいた、青銅仮面をひらく鍵を、ポケットからだして、うしろの小魔人に近づくと、その仮面の鍵穴にはめ、カチンと音をさせて、仮面をひらき、それをスッポリと取りはずしました。
仮面の下からあらわれた、ひとりの少年の顔。一同の目が、すいつけられたように、その顔を見つめました。
「アッ!」
二十面相も、中村警部も、それを見ると、思わずおどろきの声を立てました。
そこには、小林少年とは似てもつかぬ、きたない子供の顔があったのです。かみの毛は、しゅろぼうきのように、のびほうだいにのび、顔はあかでうす黒くよごれ、その中から、びっくりしたような二つの目が、ギラギラとのぞいています。
「ハハハヽヽヽヽ、いくら小林が変装がうまくても、こんなにうまくばけることはできないよ。オイ、きみ、きみはだれだね。名をなのってごらん。」
明智にいわれて、そのきたない少年は、ニヤリと笑いました。そして、とほうもなく大きな声で、さもとくいらしく、名のりをあげました。
「おれかい。おれは少年探偵団のチンピラ別働隊の副団長、ノッポの松ちゃんてえもんだ。ヘヘヘヘヽヽヽヽ、二十面相のやつ、泣きっつらしてやがらあ、……おらあ、明智先生のいいつけでね、小林団長の身がわりになって、魔人のよろいを着ていたんだ。てめえ、まんまとだまされていたんだぜ。ヘヘヘヽヽヽヽ、ざまあみろ。」
このお話のはじめのほうで、小林少年が、青銅の魔人をせいばつするために、上野公園の浮浪児をあつめて組織したチンピラ別働隊が、いつのまにか、こういう大きな役目をつとめていたのです。
明智はさもおかしそうに、
「どうだい、二十面相君。こうなってみると、きみがだいじにつかまえている、そのふたりの子供もあやしくなってきたね。これが小林でないとすると、そっちのよろいの中も、昌一君や、雪子ちゃんではないかもしれないぜ。一つあらためて見ちゃどうだね。ホラ、ここに鍵がある。」
そういって、仮面をひらく鍵を、二十面相の前に、投げてやりました。
二十面相は、あわててそれをひろいとり、ふるえる手で、カチカチと、いくどもやりそこなったあとで、やっとふたりの小魔人の仮面を、とりはずしました。
すると、その中から、あらわれたのはあんのじょう、昌一君でも雪子ちゃんでもない、きたならしいふたりのチンピラの顔でした。
「アハハハヽヽヽヽヽ。」「エヘヘヘヽヽヽヽヽ。」
チンピラどもはこの時をまちかまえていたように、あかでよごれた顔を、しわくちゃにして、顔じゅう口ばかりにして、腹をかかえて笑いだしました。
さすがに二十面相もこの、人を人とも思わぬ、チンピラどものふるまいには、いささかあっけにとられて、身の危険もわすれたように、ボンヤリつっ立っているばかりでした。