地底の道化師
怪物といっても、青銅の魔人ではありません。まるで、この場所にそぐわない、ひとりの道化ものが、まっ白な顔に、まっかな口を大きくひらいて、エヘラエヘラと笑っていたのです。
はでな紅白だんだらぞめの、ダブダブのパジャマのようなものを着て、顔には白かべのようにおしろいをぬり、両方の頬を日の丸のように赤くそめ、くちびるもまっかにぬって、頭には、これも紅白だんだらのとんがり帽子をかぶっています。
小林君はつぎつぎとおこるふしぎに、夢に夢みる心もちで、ボンヤリ道化ものの顔をながめていますと、その男はやっと笑いをとめて、こんなことをいいました。
「チンピラ探偵さん、びっくりしてるね。オイ、ここをどこだと思う。ここはね、地の底の青銅魔人国だぜ。かくいうおいらは、魔人さまの秘書官と通訳とボーイをつとめているたったひとりの人間。この国には肉でできた人間は、おれのほかにはいないのさ。」
「それじゃあ、青銅の魔人はひとりではなかったんだね。」
小林君はそういおうと思って、口を動かしたのですが、ふしぎなことに、その声は、まるで歯車のきしむような、キイキイというしわがれ声になって、自分でも聞きとれないほどです。アア、小林君は声までも青銅人種にされてしまったのでしょうか。
「ウン、そのとおりだよ。煙突から落ちて、こわれたやつは、ただの人形さ。ほんものの魔人さまは、ちゃんとこの地の底に、ごぶじでおいでなさるのだよ。」
小林君の歯車のきしるような声が、この道化ものにはよく聞きわけられるらしいのです。通訳というのはそのことなのでしょう。
「じゃあ、ぼくをなぜこんな姿にしたんだい? きみはそのわけを知っているんだろう。」
小林君が、やっぱりキイキイいう声でたずねますと、道化ものはまっかな口をニヤリとさせて、
「それは、きみが魔人さまを煙突の上に追いつめたばつさ。きみをこうして地の底のチンピラ魔人にしてしまえば、もう今までのようなじゃまはできないからね。今に、きみの先生の明智小五郎もここへつれこんで、青銅人間にかえてしまうことになっているんだぜ。エヘヘヘヽヽヽヽヽ。」
聞いているうちに、だんだんことのしだいがわかって来たので、小林君はすっかり安心しました。
小林君はからだの中まで機械人形にされてしまったわけではなくて、ただ青銅のよろいのようなものを着せられているだけなのです。顔も首から上をすっかりつつんでしまうお面のようなものをかぶせられているばかりです。その口のへんに何かしかけがあって、ものをいうと、キイキイと歯車のような音が出るのでしょう。また青銅のよろいの腹のへんにもゼンマイじかけがあって、たえず歯車の音がしています。
「じゃあ、あの煙突からおちた魔人は、かえだまの人形だったんだね。いつのまにほんものと入れかわったんだろう。ちっともわからなかった。」
ああ、なんという奇妙な光景でしょう。ひとりはかべのようにおしろいをぬった、とんがり帽子の道化もの、ひとりは頭から足のさきまで青銅でできた少年、そのふたりが、赤ちゃけたランプの光の下で、まるで友だちのように話しあっているのです。
「エヘヘヽヽヽヽ、そこが、それ、魔人国の魔法というやつさ。名探偵の明智にもとけない謎だよ。チンピラのおまえなんかにわかってたまるものか。」
「フーン、それじゃあ、魔人が煙のように消えるのもやっぱり魔法なのかい?」
「そうともさ、魔人国第一歩の魔法だよ。そのほか、まだいろいろな魔法がある。そのうち、きみにもわかってくるよ。この魔人国へ、はいったからには、二度とふたたび、しゃばには出られないのだから、きみには何もかも話してきかせるが、ここは世界にも類のないりっぱな美術館なんだぜ。魔人さまが、長いあいだに、おあつめになった、ありとあらゆる美術品が、七つの部屋にギッシリつまっている。
その中に時計室という部屋があってね、近ごろは、その部屋におさめる時計類を、お集めなさっているのだよ。世間に名のきこえた、めずらしい時計は、一つのこらず手に入れようってわけさ。
今、その七つの部屋を、きみにも見せてやるがね、その前に、食堂へ行こう。きみはずいぶんおなかがすいているはずだからね。」
道化ものが、こちらへこいという身ぶりをするので、小林君はそのあとについて行きました。コックリコックリと、例の機械人形の歩きかたです。われながら気味がわるいけれども、青銅のよろいを着ていると、そういう歩きかたしかできないのです。
部屋と部屋のあいだは、廊下ではなくて、せまい石のトンネルでつながっています。うす暗いトンネルを十歩ほど行くと、道が二つにわかれて、その左のほうの行きあたりに、がんじょうな板戸がしまっていました。
道化ものが「あけてごらん。」というような身ぶりをするものですから、小林君は何げなく、不自由な青銅の指で、その重いドアーをひらきましたが、一目部屋の中を見るとギョッとして、思わず、板戸をしめてしまいました。
その広い石の部屋の中には、大きな銅像みたいな、あの青銅の魔人が、ニューッと立ちはだかって、こちらをにらみつけていたからです。