小魔人
「エヘヘヘヽヽヽヽ、おどろいたかい。だがね、まだまだおどろくことがあるんだよ。三分間、かっきり三分間、そのドアーを、中からひらかないように、グッとおさえていてごらん。いいかい、三分間だよ。」
道化ものは、まっかな口でヘラヘラ笑いながら、だんだらぞめのパジャマのそでを、たくしあげて、りっぱな宝石入りの腕時計をながめるのでした。この腕時計も、きっと、魔人がどこかで盗んできたものでしょう。
小林君はさいぜんからひきつづいて、わけのわからぬことばかりおこるので、もうものを考える力もなくなったように、ボンヤリと、ドアーの前に立っていましたが、やがて三分がすぎたとみえて、道化ものは、
「さあよし、ドアーをひらいてもいいよ。エヘヘ。」
と、またいやな笑いかたをしました。
小林君はもうどうにでもなれという気持ちでドアーをひらき、ソッと中をのぞいてみました。すると、オヤッ、これはどうしたことでしょう。部屋はまったくからっぽで、さっきの魔人の姿は、かげもかたちもないのです。
どこかに別の出入口があって、そこから立ちさったのかと、部屋の中を見まわしましたが、小林君が今ひらいたドアーのほかは、石だたみのかべばかりで、戸も窓もありません。
石だたみのどこかに、かくし戸があって、そこから出て行ったのでしょうか。道化ものは、どこにもかくし戸やぬけ穴はないといって、小林君をつれて、部屋の四方のかべをグルッと見てまわりました。ところどころに、あけてある小さな空気ぬきの穴のほかには、どこにもあやしい個所はありません。銅像のような大男が、三分のあいだに煙のように、消えうせてしまったのです。
「エヘヘヽヽヽヽ、どうだね、これが魔人国の魔法というものだ。ちょっとした見本がこれだよ。サア、食事にしよう。おなかをこしらえてから、ご主人の魔人さまにお目にかかるという順序だよ。まだまだ、びっくりすることが、たくさん待ちかまえているからね。」
広い石部屋のまん中に、りっぱな大テーブルが、どっしりとすえられ、もたれに彫刻のある、背の高い六つのイスがテーブルのまわりにならんでいます。道化ものは、そのイスの一つに腰かけ、小林君にもかけるようにすすめました。
この部屋も、やっぱり石油ランプで照らされています。シャンデリヤのように、りっぱなガラスのかざりのあるランプが、天井からさがっているのです。
大テーブルの上に、門のようなかたちをした置きものがあって、その門の中に小さなつりがねがさがっています。道化ものは、そばにおいてある金の棒をとって、そのつりがねを、つづけざまにたたきました。カーンカーンと美しい音が、遠くのほうまでひびいて行きます。
その音があいずだったのか、しばらくすると、ひらいたままになっていた入口から、小さな怪物があらわれました。やっぱり青銅の顔、青銅のからだですが、小林君よりも小さくて、なんだかかわいらしい感じです。その小魔人は両手で大きな銀色のお盆をささげています。お盆の上には洋食のお皿がならんでいるのです。
小魔人がお盆を小林君の前においたと思うと、またしても、入口のところに、別の怪物があらわれました。こんどのやつは、まえの小魔人の半分ほどの、おもちゃのように小さな、豆魔人です。豆魔人もやはり銀のお盆を持っていて、その上にはコーヒーのようなのみもののコップがのっているのです。
魔人国にも子供がいたのです。機械人間も子を生むのでしょうか。そして、魔人国の人民がだんだんふえて行くのでしょうか。さきにはいって来た小魔人はにいさんで、あとから来た豆魔人は弟かもしれません。にいさんのほうは十二三歳、弟のほうは七八歳ぐらいに見えます。
道化ものは赤いくちびるでニヤニヤ笑いながら、そのありさまをながめていましたが、
「アア、そうだ、口をひらいてやらなければ、ごちそうがたべられないね。」
と、ひとりごとをいいながら、ポケットから、小さなカギをとりだして、小林君の青銅のあごのへんをカチカチいわせていたかと思うと、お面の下あごが、パクッとはずれて、にわかに息がらくになりました。
「さあ、ゆっくりごちそうをたべな。おいらはちょっと魔人さまにお知らせしてくるからね。」
道化師はまたヘラヘラと笑ってみせてそのまま入口から出て行きました。
あとに残ったのは、小林君と、小魔人と豆魔人の三人です。小林君はお面のあごがはずれて、口がきけるようになったのをさいわい、そこに立っている小魔人に話しかけてみました。
「きみは人間なのかい、それとも、腹の中まで歯車でできた機械人形なのかい?」
それを聞くと、小魔人は一歩小林君のほうへ近づいて、キ、キ、キ、キと、するどい歯車の音をたてましたが、何をいっているのだか、小林君にはさっぱりわかりません。
小魔人はいくらしゃべっても、相手に通じないので、もどかしくなったとみえて、いきなりかわいらしい青銅の指で、テーブルの上に字をかきはじめました。
「オヤッ、この小魔人は人間界の字を知っているのかしら。」と、おどろきながら、よく見ていますと、カタカナで、同じことを何度もくりかえして書いていることがわかりました。
「なんだって? ボ、ク、ハ、だね。ウン、それから、テ、ヅ、カ、だね。シ、ヨ、ウ、イ、チ、えッ、なんだって、もう一度書いてごらん。ウン、ボ、ク、ハ、テ、ヅ、カ、シ、ヨ、ウ、イ、チ、あッ、それじゃあ、きみは手塚昌一君。そこにいる小さいのは、え、え、なんだって? ユ、キ、コ、ああ雪子だね。きみの妹の雪ちゃんだね。わかった、わかった、きみたちもぼくと同じ目にあったんだね。この地の底へかどわかされて、青銅のお面をかぶせられ、青銅のよろいを着せられたんだね。」
小魔人と豆魔人とは小林君のことばに、コックリ、コックリとうなずいてみせました。
手塚昌一君と雪子ちゃんは、例の「夜光の時計」を盗まれた手塚さんの子供です。青銅の魔人は時計ばかりでなく、いつのまにか生きた宝ものまで盗みだしていました。手塚さんが警察や明智探偵にたのんで賊をとらえようとしたのをうらんだのでしょう。そして、その復讐のために、このいたいけな兄妹まで機械人間にかえてしまったのでしょう。
魔人はこの三人の少年少女をとりこにして、いったい何をするつもりなのでしょう。明智探偵はこのことを知っているでしょうか。いや、おそらく、まだ知りますまい。さすがの明智も魔人のために先手をうたれたのです。