紋三はホールド・アップにでも出っ会したほど大袈裟に驚いて思わず身構えをした。
「大将、ちょっとちょっと、他人にいっちゃあいけませんよ、極く内ですよ、これです、素敵に面白いのです、五十銭奮発して下さい」
縞の着物に鳥打帽の三十恰好の男がニヤニヤしながら寄り添って来た。
「ソレ、何です」
「エヘヘヘ……御存知の癖に。決してゴマカしものじゃあありませんよ、そらね」
男はキョロキョロと四辺を見廻してから、一枚の紙片を遠くの常夜燈に透して見せた。
「じゃあ貰いましょう」
紋三はそんなものを欲しいわけではなかったけれど、フと物好きな出来心から五十銭銀貨とその紙片とを交換した、そしてまた歩き出した。
「今夜は幸先がいいぞ」
臆病な癖に冒険好きな彼の心はそんなことを考えていた。
もうヘベレケに酔っ払った吉原帰りのお店者らしい四五人連が、肩を組んで調子外れの都々逸を怒鳴りながら通り過ぎた。
紋三は共同便所のところから右に切れて広っ場の方へ入って行った。そこの隅々に置かれた共同ベンチには、いつものように浮浪人らが寝支度をしていた。ベンチの側にはどれもこれもおびただしいバナナの皮が踏み躙られていた。浮浪人達の夕食なのだ。中には二三人で附近の料理屋から貰って来た残飯を分け合っているのもあった。高い常夜燈がそれらの光景を青白く映し出していた。
彼がそこを通り抜けようとして二三歩進んだ時、傍の闇の中にもののうごめく気勢を感じた。見ると暗いためによくはわからぬけれど、何かしら普通でない非常に変挺な感じのものがそこに佇んでいた。
紋三は一瞬間不思議な気持がした。頭がどうかしたのではないかと思った。だが、目が闇に慣れるに従って、段々相手の正体が分って来た。そこにたたずんでいたのは、可哀相な一寸法師だった。
十歳位の子供の胴体の上に、借物の様な立派やかな大人の顔がのっかっていた。それが生人形の様にすまし込んで彼を見返しているのが、甚だしく滑稽にも奇怪にも感じられた。彼はそんなにジロジロ眺めては悪い様な気がした。それにいくらか怖くもあったので、何気なく歩き出した。振返って見るのも憚られた。