それから彼は、いつもの様に、広っぱから広っぱへと歩き廻った。気候がいいので、どこのベンチもふさがっていた。大抵は一つのベンチを一人で占領して、洗いざらした法被姿などが、長々と横わっていた。中にはもういびきをかいて、泥の様に熟睡しているものもあった。初心の浮浪人は巡査の目を恐れて、ベンチを避け、鉄柵の中の暗い茂みを寝床にしていた。
その間を奇妙な散歩者が歩くのだった。寝床を探す浮浪人、刑事、サーベルをガチャガチャいわせて三十分ごとに巡回する正服巡査、紋三と同じ様な猟奇者、などがその主なものであったが、外にそれらのいずれにも属しない一種異様の人種があった。彼等は一寸その辺のベンチに腰をおろしたかと思うと、じきに立上って同じ道を幾度となく往復した。そして木立の間の暗い細道などで外の散歩者に出逢うと、意味ありげに相手の顔をのぞき込んで見たり、自分でもそれを持っている癖に、相手のマッチを借りて見たりした。彼等は極めて綺麗にひげをそって、つるつるした顔をしていた。縞の着物に角帯など締ているのが多かった。
紋三は以前からこれらの人物に一種の興味を感じていた。どうかして正体をつきとめて見たいと思った。彼等の歩きっぷりなどから、あることを想像しないでもなかったが、それにしては、皆三十四十の汚らしい年寄りなのが変だった。
屋根つきの東屋風の共同ベンチの側を通りかかると、その奥の暗いところで喧嘩らしい人声がした。この公園の浮浪人共は存外意気地なしで、危な気がないと考えていた紋三は、一寸意外な気がした。で、やや逃げ腰になりながら、すかして見ると、それはやっぱり喧嘩ではなく、一人の洋服姿の紳士が、警察官に引きすえられているのだった。二言三言怒鳴っている内に、紳士はなんなく腰繩をかけられてしまった。二人は無言のまま仲よく押し並んで交番の方へ歩いて行った。紳士は、でも、歩きながら春外套で繩を隠し隠ししていた。真暗な公園には彼等の跡を追う野次馬もいなかった。同じベンチに一人の労働者風の男が、何事もなかったかの様に、ぼんやりと考え事をしていた。
紋三は不規則な石段を上って、ある岡の上に出た。まばらな木立に囲まれた十坪程の平らな部分に、三四脚のベンチが並んで、そこにポッツリポッツリと銅像か何かの様に、三人の無言の休息者が点在していた。時々赤く煙草の火が光るばかりで、だれも動かなかった。紋三は勇気を出して、その内の一つのベンチへ腰をおろした。