「奴さん、女の腕を河の中へ捨てる積りだったな」紋三はいよいよただ事でないと思った。
紋三はかつて古来の死体隠匿方法に関する記事を読んだことがあった。そこには殺人者は往々にして死体を切断するものだと書いてあった。一人で持運びをするためには、死体を六個又は七個の断片にするのがもっとも手ごろだとも書いてあった。そして、頭はどこの敷石の下に埋め、胴はどこの水門に捨て、足はどこの溝に放り込んだという様な犯罪の実例が、沢山並べてあった。それによると、彼等は死体の断片を、なるべく遠いところへ別々に隠したがるものらしかった。
彼は相手に悟られたかと思うと少し怖くなって来たけれど、そのまま尾行をあきらめる気にはどうしてもなれないので、前よりは一層間隔を遠くして、ビクビクもので一寸法師の跡をつけた。
吾妻橋を渡り切ったところに交番があって、赤い電燈の下に一人の正服巡査がぼんやりと立番をしていた。それを見ると、彼はいきなりそこへ走りだし相にしたが、ふとあることを考えて踏み止まった。今警察に知らせてしまうのは、余り惜しい様な気がしたのだ。彼のこの尾行は、決して正義のためにやっているのではなく、何かしら異常なものを求める、烈しい冒険心に引きずられているに過ぎないのだった。もっと突き進んで行って、血みどろな光景に接したかった。そればかりか、彼は犯罪事件の渦中に巻込まれることさえ厭わなかった。臆病者の癖に、彼は一方では、命知らずな捨て鉢なところがあった。
彼は交番を横目に見て、少し得意にさえなりながら、なおも尾行を続けた。一寸法師は大通りから中の郷のこまごました裏道へ入って行った。その辺は貧民窟などがあって、東京にもこんな所があったかと思われる程、複雑な迷路をなしていた。相手はそこを幾度となく折れ曲るので、ますます尾行が困難になるばかりだ。紋三は交番から三町も歩かぬ内にもう後悔し始めていた。
片側は真暗に戸を閉めた人家、片側はまばらな杉垣で囲った墓地の所へ出た。たった一つ五燭の街燈が、倒れた石碑などを照していた。そこを頭でっかちの怪物が、ヒョコヒョコと急いでいる有様は、何だか本当らしくなかった。今夜の出来事は最初から夢の様な気がした。今にもたれかが「オイ、紋三さん、紋三さん」といって揺り起してくれるのではないかと思われた。
一寸法師は尾行者を意識しているのかどうか、長い間一度もうしろを見なかった。しかし、紋三の方では十分用心して、相手が一つの曲り角を曲るまでは、姿を現さない様にして、軒下から軒下を伝って行った。
墓地の所を一曲りすると小さな寺の門に出た。一寸法師はそこで一寸うしろを振返って、だれもいないのを確めると、ギイと潜り戸を開けて、門の中に姿を消した。紋三は隠れ場所から出て、大急ぎで門の前まで来た。そして、暫く様子をうかがってから、ソッと潜り戸を押して見たが、内部からかんぬきをかけたと見え、小揺ぎもしなかった。潜り戸のしまりがしてなかったところを見ると、一寸法師はこの寺の中に住んでいるのかも知れない。だが必ずそうとは極まらぬ。そういう内にも彼奴は、裏の墓地の方から逃げだしているかも知れないのだ。