雷門で電車を降りると、吾妻橋を渡って、うろ覚えの裏通りへ入って行った。その辺一帯が夜中と昼とでは、まるで様子の違うのが、一寸狐につままれた感じだった。同じ様な裏町を幾度も幾度も往復している内に、でも、やっと見覚えのある寺の門前に出た。その辺はごみごみした町に囲まれながら、無駄な空地などがあって、変にさびしいところだった。門前にポッツリと一軒切りの田舎めいた駄菓子店があって、お婆さんが店先でうつらうつらと日なたぼっこをしていたりした。
紋三はさえた靴音を響かせながら、門の中へ入って行った。そして昨夜の庫裏の入口に立つと、思い切って障子をあけた。ガラガラとひどい音がした。
「御免下さい」
「ハイ、どなたですな」
十畳位のガランとした薄暗い部屋に、白い着物を着た四十恰好の坊さんが坐っていた。
「一寸伺いますが、こちらに、あのう、身体の不自由な方が住まっていらっしゃるでしょうか」
「エ、何ですって、身体が不自由と申しますと?」
坊さんは目をパチクリさせて問い返した。
「脊の低い人です。確か昨夜非常に遅く帰られたと思うのですが」
紋三は変なことをいい出したなと意識すると、一層しどろもどろになった。来る道々、考えて置いた策略なんかどこかへ飛んで行ってしまった。
「それは、お門違いじゃありませんかな。ここには人を置いたりしませんですよ。脊の低い身体の不自由な者なんて、一向心当りがございませんな」
「確このお寺だと思うのですが、附近に外にお寺はありませんね」
紋三は疑い深か相に、庫裏の中をじろじろ眺めまわしながらいった。
「近くにはありませんな。だが、おっしゃる様な人はここにはおりませんよ」
坊さんは、変な奴だといわぬばかりに、紋三をにらみつけて、無愛想に答えた。
紋三はもう持ちこたえられなくなって、このまま帰ろうかと思ったが、やっと勇気を出して続けた。
「イヤ、実はね、昨夜ここの所で変なものを見たのですよ」彼はそういいながら、ズカズカと中へ入って上り框に腰をおろした。「よく見世物などに出る小人ですな、あれがある品物を持って、ここの庫裏へ入る所を見たのですよ。もっとも向うの杉垣の外からでしたがね。全く御存じないのですか」
紋三はしゃべりながら益々変てこになって行くのを感じた。
「ヘエー、そうですかねエ」坊さんはさもさも馬鹿にした調子で、「一向に存じませんよ。あなたは何か感違いをしていらっしゃるのだ。そんな馬鹿馬鹿しいことがあるもんですかね。ハハハハハハ」