明智はそういって、山野夫人をじっと見つめた。夫人は青ざめて、涙ぐんで、さしうつむいているばかりだ。明智は彼女の表情から何事をも読むことが出来なかった。
「表面に現れている点だけでいえば、この際一番疑わしいのは小間使の小松です」明智は一段声を低くしていった。「彼女にとって、お嬢さんは恋の敵だったのです。それに小間使なればいつだってだれにも疑われないで、お嬢さんのお部屋へ出入出来ますし、お嬢さんのいらっしゃらないことを第一に発見したのもあの女だったのです。そして、それ以来病気だといって一間に、とじこもっているのも変に取れば取れないことはありません」
「イイエ、あれに限ってそんな恐しいことを致すはずはございません」山野夫人はあわてて明智の言葉をさえぎった。「あれは不幸な娘でございます。両親ともなくなってしまって、ひどい伯父の手で、恐しい所へ売られるばかりになっていましたのを、主人が聞込んで救ってやったのでございます。そしてもう四年というもの、娘分同様にして養って来たのでございます。当人もそれをひどく恩に着まして、口癖の様に御主人のためなれば命も惜くないなどと申しまして、それはまめまめしく働いて居てくれるのでございます。それに気質もごく優しい娘ですから、どの様な事情がありましても、三千子をどうかするなんてことがあろうはずはございません」
「そうです。僕も小松がそんな女だとは思いません」明智は頭の毛を指でモジャモジャやりながら、「ただ、表面の事情があの女に嫌疑のかかる様な風になっていることを申上げたのです。だが、小松に罪のないことはよく分っていますが、罪はなくても何か知っていることがあるかも知れません。この間も僕は、あの女の寝間へ行って、色々尋ねて見たのですが、何を聞いても知らぬというばかりで、顔さえも上げられないのです。強いて尋ねるとしまいにはしくしく泣き出すのです。あの女は何かしら秘密を持っていることは確です」
明智は山野夫人のどんな微細の表情の動きをも見逃すまいとする様に、彼女の青ざめた顔をのぞき込んだ。そして、ごく平凡な調子で次の話題に進んで行った。
「この事件には、妙な不具者が関係している様に思われます。俗に一寸法師という奴です。もしやそんなものに御心当りはありませんか。多分御聞及びでしょうが、小林君も先夜そんなものを見たということですし、今度の百貨店の事件にもどうやら同じ一寸法師が関係しているらしいのです。昨夜真夜中に問題のお梅さんという人形の側でそいつがうごめいている所を店員が見たというのです」
「マア」山野夫人は真から気味悪そうに身震いした。「小林さんから聞きました時は、あの人が何か見違えたのだろうと思っていましたが、マア、ではやっぱり、そんな不具者がいるのでございましょうか。イイエ、私少しも存じませんわ。小さい時分見世物で見ました外には、一寸法師なんて久しく見たこともございませんわ」
「そうでしょうね」明智は夫人の目を見続けていた。「それについて妙なことがあるのですよ。小林君は一寸法師が養源寺へ入る所を確に見たのですが、お寺でもそんなものはいないといいますし、近所の人も見た事がないというのです。
今度も又それと同じことが起ったのです」明智は話しつづけた。「そうして店員が夜中に一寸法師を見たにも拘らず、その前日も翌日もそんな不具者が出入口を通った様子がないのです。といって窓を破って出入した跡もありません。いつの時も、彼奴は消える様になくなってしまうらしいのです。そこに何か意味がありはしないかと思うのですが」
明智は何かしら知っていた。知りながら態と何食わぬ顔をして、いわば不必要な会話を取交している様な所が見えた。彼は最初から一つの計画を立てて、お芝居をやっているのかも知れなかった。