令嬢消失
「どこの方か知らぬが、あなたも随分妙ないいがかりをなさるね」
暫く問答をくり返している内に坊さんはとうとう怒り出した。
「一寸法師がどうの、人間の片腕がどうのと、あなたは夢でも見なすったのではないかね。知らんといったら知りませんよ。ご覧の通り狭い寺で、どこに人の隠れるような所がある訳でもない。お疑いなら家探しをして下すってもいい。又、近所の人達に聞いて下すってもいい。この寺にそんな不具者が住んでいるかどうか」
「イヤ、なにもあなたをお疑いする訳ではありませんよ」紋三はもうしどろもどろになっていた。「僕のつもりでは、そういう怪しげな男が昨夜ここへ忍び込むのを見たものですから、御注意申上げたいと思って伺ったのです。でも変ですね。僕は確に見たのですが」
「見なすったら、見なすったでもいいが、私は今少し忙しいので」
坊さんは渋面を作って、気違いに取合っている暇はないといわぬばかりであった。
「イヤどうもお邪魔しました」
紋三は仕方なく立上った。そして、ほとんど夢中で門の外まで歩いた。
「己は確にどうかしている。何という気違いじみた訪問をやったものだろう。坊主に嘲弄されるのは当然だ。だがあの調子では、奴さん別にうしろ暗いところがあるようでもない。どうも、やっぱり訳が分らないな」
彼は暫くぼんやりして、門前にたたずんでいたが、ふと思いついて、お婆さんの居眠りをしている駄菓子屋の店先へやって行った。
「お婆さん、お婆さん、そこにあるせんべいを五十銭ばかり下さい」彼は欲しくもない買物をして何気なく尋ねて見た。「この辺に子供のような脊の低い、つまり小人島だね、そういう不具者はいないだろうか。お婆さんは知らないかね」
「左様でございますね。私も永年この辺に住んでおりますが、そんなものは見かけたことも、うわさに聞いたこともございませんね」
婆さんはけげんらしく答えた。
「この前のお寺ね、和尚さんのほかにどんな人が住んでいるのだい」
「アア、養源寺ですか。あすこはあなた妙なお寺でございましてね、お住持お一人切りなんですよ。ついこの間まで小僧さんが一人いましたけれど、それも暇をお出しなすったとかで見えなくなってしまいました。ほんに変くつなお方でございます。何かの時には私のつれ合がお手伝いに上りますので、よく存じておりますが」