「洋館の方の窓なんかも締りが出来ていたのですか」
「ハア、皆内側からネジが締てありました。それに窓の外の地面には、丁度雨のあとで柔かくなっていましたけれど、別に足痕もないのでございます」
「もっともお嬢さんが窓から出られるはずもありませんね。……、その前晩には何か変ったことでもなかったのですか」
「これということもございませんでした。よいの内はピアノなど鳴している様でございましたが、九時頃私が見廻りました時には、もうよく寐入っておりました。それに、丁度私の見廻ります少し前に、主人が店から帰りまして、三千子の部屋のすぐ下の書斎で、長い間調べ物をしていたのでございますから、三千子が部屋から降りて来るとか、何者かが忍び込むとかすれば、主人が気のつかないはずはございません。そして、主人がやすみます時分には、もう召使なども寝てしまいますし、すっかり戸締りが出来て、抜け出す道はなくなっていたのでございます」
「妙ですね。まさかお嬢さんが消えてしまわれた訳でもありますまい。きっとどこかに手抜かりがあったのですよ」
「でも、戸締りの方はもう間違いないのでございますが。警察でも色々調べて下すったのですけれど、刑事さんなんかも、どうも不思議だとおっしゃるばかりでございますの」
「朝の間に出て行かれた様なことはありませんか」
「それは、小間使の小松と申しますのが、朝の郵便を持って参りまして、三千子のベッドの空なことが分ったのですが、その時分はまだ表の門を開けないで、書生が玄関の所を掃いていましたし、勝手口の方もまだ締りをはずしたばかりで、女中共がずっと勝手許にいたのでございますから、とても知れぬ様に出て行くことは出来ません」
「お嬢さんが家出をされる様な原因も、別にないとおっしゃるのですね」
明智は質問を続けた。
「ハア、少しも心当りがございません。ただわたくしが継々しい仲だものですから、妙に邪推されはしないかと、それだけが辛うございますわ。ですから、わたくしの立場としましても、一日も早く三千子の安否が知りたいのでございます。こうして主人の留守中にこちらへ伺いましたのも、そんな訳で、わたくしじっとしていられなかったものですから」
山野夫人は、もう二三度もくり返した彼女の苦しい立場を、またくどくどと説明した。
「御縁談とか、外に何か恋愛という様なことはなかったのですか」
「縁談は二三あるにはあったのですけれど、どれも本人が気に染まないとか申しまして、まだ取極めてはおりませんし、外にも別に……」
夫人は何かいいしぶって見えた。