掃き清められた砂利道を通って、自動車は日本建の玄関に横づけされた。その和風の母屋の右側には、かぎの手になって小さなコンクリート作りの二階建洋館があり、母屋から少し離れて左側には木造のギャレージが見えていた。決して宏壮ではなかったけれど、何となく豊かな感じを与える邸だった。
玄関を上ると、山野夫人はそこに出迎えた書生に、何事か尋ねている様子だったが、やがて長い廊下を通って、二人を洋館の階下の客間へ案内した。余り広くはないけれど、壁紙、窓かけ、絨毯などの色合や調度の配列に細かい注意が行届いていて、かなり居心地のよい部屋であった。一方の隅にはピアノが置かれ、そのつやつやした面に絨毯の模様を映していた。
「履物をお検べになりましたか」
白麻で覆ったひじかけ椅子にドッカリ腰を下すと、明智はぶっきらぼうに妙なことを尋ねた。
「ハア?」
夫人は彼の頓興な口の利き方に、一寸驚いて、微笑みながら聞き返した。彼女は一度日本間の方へ立去ろうとしていたのを、明智が話しかける様子なので、思い返して椅子についた。
「家出をなすったとすれば、お嬢さんの履物が一足なくなっているはずですね」
明智が説明した。
「アア、それなれば、粗末な不断にはきますのが見えないのでございます。それと、ショールと小さい網の手提がなくなっております」
「着物はどんなのを……」
「常着のままでございます。黒っぽい銘仙なのです」
「するとつまり」明智は皮肉にいった。「一方では厳重な戸締りがあって一歩も外へ出られないはずだし、一方ではショールだとか履物だとか、家出をなすった証拠がそろっているという訳ですね」
「左様でございますの」夫人は当惑して答えた。
「じゃ、一つこの洋館の中を見せて頂きましょうか」
明智はいいながら、もう起上っていた。
階下は客間とその隣の主人の書斎との二室きりだった。明智は書斎を一渡り眺めてから、外の廊下の端の階段を上って行った。小林と山野夫人がその後に従った。二階は三室に分れていて、その全体を一人娘の三千子が占領していた。部屋の様子で三千子が余り几帳面なたちでないことが察せられた。化粧室には姿見の前に様々な化粧道具が乱雑に並んでいた。書斎では書だなや机の上が不秩序に取散らされていた。