夫人は一々戸だなや押入を開けて見せた。机の抽斗から最近の手紙類をも出して見せたが、何一つ明智の心をひくものはないのだ。
「押入などは、その朝もよく調べましたのですが、別状ございませんでした」
夫人は少しも手抜りのなかったことを示そうとした。
「だが、幽霊ででもなければ、戸締りをした部屋を抜け出すことは出来ませんね」
明智は壁紙に触ったり、窓の締りを調べたりしながらいった。
「ひょっとしたら、お嬢さんはまだ内の中にいらっしゃるのではありませんか」
それを聞くと紋三は、三千子が五日間も家の中に隠れていたとすれば彼女はとっくに死骸になっているに相違ないと思った。彼は昨夜来の悪夢の様な感じがまだ抜け切らないのだ。
一通り見てしまうと三人は元の客間へ帰った。
「お嬢さんはピアノがお好きと見えますね。奥さんはお弾きになりますか」
明智は客間の大きな立型ピアノの前に立って、鍵盤の蓋を開けながら尋ねた。
「イイエ、私は一向無調法でございますの」
「じゃ、お嬢さんの外には弾かれる方はないのですね」
夫人がそれに肯くのを見ると、明智は何を思ったのか、いきなり弾奏椅子に腰かけて、鍵盤をたたき始めた。
明智の突然の子供じみた仕草が二人を驚かせた。が、それよりも一層変なのはピアノの音であった。明智の指が鍵盤に触ると、発条のゆるんだボンボン時計の様な音が響いて来た。
「いたんでますね」
明智は手を止めて夫人の顔を見た。
「イイエ、そんなはずはございませんが。ずっと三千子が使っていたのですから」
明智は最前たたいたキイをもう一度試みたがやっぱり同じ音がした。その次のキイも喘息を病んでいた。三人はふとおしだまって顔を見合せた。彼等はある非常に不気味な予感にうたれたのだ。山野夫人は真青になって明智の目を見つめた。
「開けてもいいでしょうか」
しばらくして明智が真面目な表情で尋ねた。
「ハア、どうか」
夫人は心もち震え声で答えた。
明智は鍵盤の下部の金具を動かして、細目にふたを開き、中をのぞき込んだ。