「三千子は誘拐されたとおっしゃるのですか。それとも、もしやもっと恐しい事では……」
「それはまだ何ともいえませんが。この様子では楽観は出来ませんね」
「でも、三千子の身体をここへ隠したとしましても、どうしてそれを外へ運び出すことが出来たのでございましょう。昼間は私共始め大勢の目がありますし、夜分は戸締りをしてしまいますから、忍び込むにしても、外へ出るにしても、私共が気づかぬはずはございませんわ。朝になって戸締りがはずれていた様なことは一度もないのですから」
「そうです。僕も今それを考えていたのです。ここのガラス窓なんかも、毎朝締りをお調べになりますか」
「エエ、それはもう、主人が用心深いたちだものですから、女中達もよく気をつける様にいいつかってますし、それにあんなことのあったあとですから、皆一層注意しているのでございます」
「もしかお嬢さんが見えなくなってから」明智はふと気がついた様にいった。「何か大きな品物を外へ持出したことはないでしょうか。このピアノでも分る様に、お嬢さんをどうかした奴は、何だか突飛な考えを持っているのです。お嬢さんを運び出すのにも、馬鹿馬鹿しい手品を使ったかも知れません。つまりお嬢さんの身体を何かしら、まるで想像もつかない品物の中へ隠して、持出したのではないかと思うのです」
夫人は明智のこの妙な考えに一寸驚いた様に見えた。
「イイエ、別にそんな大きな品物なんか、持出したことはございませんわ」
「併し、お嬢さんがお邸にいらっしゃらないとすれば、何かの方法で外へ運び出されたに違いないのです。このピアノの様子では、お嬢さんが御自分で外出されたとは考えられませんからね」明智は一寸ためらってから、「大変御手数ですが、召使の人達をここへ御呼び下さる訳には行きますまいか。少し尋ねて見たいのですが」
「エエ、お易い御用ですわ」
そこで夫人は内中の雇人を客間に呼び集めた。何となく物々しい光景だった。五人の男女が入口のドアの前に目白押しに並んで、もじもじしていた。彼等は何者とも判断の出来ない、明智の支那服姿を、妙な目つきで眺めた。
雇人の内二人だけそろわなかった。小間使の小松は頭痛がするといって女中部屋で寝ていたし、運転手の蕗屋は二三日前から実家へ帰って不在だった。
明智はそんな風に、大勢を一室に集めて訊問の様なことをやるのは余り好まなかった。いつもの遣り口とは違っていた。だが、今彼は三千子の身体が(それは恐らく死体だったかも知れないが)どんな風にして山野邸を運び出されたか、その点だけを大急ぎで調べる必要があったのだ。
山野夫人はけげん顔の雇人達に明智小五郎を紹介して、何なりと彼の質問には、少しも遠慮せず答える様にと諭した。
「こちらのお嬢さんが行方不明になられてから、つまり四月二日ですね、あれからこっちのこのお邸に出入りした人を、出来るだけ思い出して欲しいのです」明智はすぐ様本題に入った。そして先ず玄関番の書生の方に目を向けた。