書生の山木は、ニキビ面を少し赧らめて、思い出し思い出し来訪者の名前を列挙した。そして、この男女合せて、十五六名の人達は皆長年の知合で、少しも疑うべき所はないとつけ加えた。夫人もその点は同意見だった。
「その内に、何か大きな品物をお邸から持出した人はありませんか。来客ばかりでなく家内の人でも、だれでも構わない、兎も角何か大きな物を持って門を出た人はないでしょうか」
「大きなものといってもせいぜい折かばん位のものです」書生は不思議相に答えた。「自動車や車は門を出たり入ったりしましたけれど、だれもそんな大きなものを運び出した人なんかありません」
外の雇人達もそれ以上のことは知らなかった。
「裏口の方からだれか出入りしたものはありませんか」
明智は最後に二人の下女中をとらえた。
「勝手の方は、見知り越しの御用聞き位のものですわね」
女中の一人が別の女中の方を見て同意を求める様にいった。
結局何も分らなかった。自動車の助手も、主人の外にはだれものせなかった。大きな品物なんか運んだ覚えはないと明言した。もしも彼等が何物をも見逃していなかったとすれば、この上は天井裏とか縁の下とか、邸内の隅々を探して見る外はない様に見えた。だがそれは既に山野家の人達によって一応探索し尽されていた。誠に山野三千子は煙の様に消えてしまったのであった。
「だが、そんなことは不可能です。何か見逃しているものがある。現にあなた方はこのピアノを見逃していた。もっとあなた方が注意深かったなら、運び出されない内に、お嬢さんを見つけていたかも知れないのです。何かしら分り切ったものです。ごくつまらないことを見落しているのです。今おっしゃった外に、何かいい残しているものはありませんか。例えば書生さんは郵便配達が門を出入したことをいわなかった。もっとも郵便配達がお嬢さんを運び出すことは出来ないけれど、そんな風なごくつまらないものが省かれていはしないでしょうか」
「掃除屋、衛生人夫なんかもありますね」
ふと気がついた様に紋三が横合から口を出した。
「そうだ。そんな風のものです」
「アラ、掃除屋さんといえば、ねえ君ちゃん」一人の女中が朋輩を顧みて頓興な声を出した。「丁度あのあくる日ですわね。朝早くゴミを取りに来たのは。区役所の衛生夫が参りました」
終りの方を明智にいって、小腰をかがめた。
「いつもと変ったところはなかったですか」
「いいえ、別に……、でも、何だか日取りが早い様でございました。いつもは十日目くらいなのに、今度は二三日前に来たばかりのところへ、また来たのでございます」
「ゴミ箱は勝手口にあるのですね」
「ハア、通用門の内側に置いてございます」
「その男はどんな風でした。見覚えがありましたか」
明智は一寸好奇心を起した様に見えた。