「だって、右と左であんなに感じが違っちゃつまらないや。そりゃ、細工は細かいけど……でも、やっぱり変だな、右の手は小さな皺が一本一本書いてあるのに、左の手は五本の指がある切りで、皺なんか一本もない、のっぺらぽうだよ……それから右の手には生毛だって生えているんだし……アラ、アラ、兄さん、あれ本当の人間の手だよ。何だかプヨプヨしているよ。ね、あの指環があんなに食い入っているだろう。きっと死人の手だよ」
彼は思わぬ発見に息をはずませて、叫ぶ様にいうのであった。「死人の手」という一言は、人形の衣裳や容貌ばかりに見入っていた見物達の目を、一せいにその問題の手首へと移らせた。その不気味なものは一番若いお梅人形の右の袖口からのぞいていた。
注意して見れば、色合といい、小皺の様子といい、生毛といい、もう死人の手首に相違はなかった。だが、常識家の大人達は、まだ彼等自身の目を疑っていた。そんな馬鹿馬鹿しい事が起るはずはないと思いつめていた。
「ねえ、伯母さん、あれ本当の人間の手だね」
小学生は遂に一人の婦人をとらえて彼の発見を裏書きさせようとした。
「まあ、いやだ。そんなことがあるものですかよ」
婦人は何気なく打ち消したけれど、でもどうした訳か、問題の手首を、まるで食い入る様に見つめていた。
「訳はないわ、あんたそんなに確めたけりゃ、柵の中へ入って触って見ればいいんだわ」
別の婦人が、からかう様にいった。
「そうだね、じゃ僕たしかめて来よう」
いうかと思うと小学生は柵を乗り越えてお梅さんの側へ走り寄った。兄が留めようとしたけれど間に合わなかった。
「こんなもんだよ」
小学生はお梅さんの右手を引抜いて、高く見物達の方へふりかざした。それを見ると、ワワワワワワという様な一種のどよめきが起った。今まで着物の袖で隠れていた手首の根元の方は、肱の所から無慙に切落されて、切口には、赤黒い血のりが、ベットリとくっついていた。
百貨店でお梅人形の騒ぎがあった同じ日の午後、明智小五郎は山野家の玄関を訪れた。丁度山野夫人が居合せて、彼は早速例の洋館の客間に通された。一寸あいさつが済むと、明智は何か気せわしく会話の順序を無視して突然要件に入った。
「三千子さんの指紋が欲しいのですが、もう一度御部屋を見せて頂けないでしょうか」
「サア、どうか」
山野夫人は先に立って二階の三千子の部屋へ上って行った。