そこには予期した通り、いや予期以上の仰々しさで、百貨店の珍事が報道してあった。二面の大半がその激情的な記事で埋まっていた。一家の私事がいつの間にか一つの大きな社会的事件に拡大された形だった。無論その記事には三千子のことなど一ことだって書いてあるはずはなかったけれど、この仰々しい三面記事がその実自分達の一家に関係していようなどとはまるで嘘の様な気がされた。
大五郎氏がその記事を読んだことは疑うまでもなかった。だが、読んで或ことに気がつきはしなかったかどうか。夫人は大五郎氏の表情からそれを読もうと努めたが、彼の気抜けのした様な顔は、何事をも語っていなかった。恐らくは、彼はこの余りに大きな社会記事が、彼の娘の運命を暗示していようなどとは到底想像も出来なかったであろう。
山野夫人は、お雪に行先を告げて、外出の用意をさせた。お雪は山木さんでもお連れなすってはと勧めたけれど、近所のタクシーを雇うからそれには及ばないといって、彼女はただ一人で門を出た。
門の外は、両側とも長い塀が続いて、所々に安全燈が鈍い光を放っているのが、一層暗さを引立てている様に見えた。人通りなどはまるでなかった。
彼女は暗黒の往来に立止って、暫く何か考えていたが、やがてトボトボと歩き出した。だが、妙なことにはそれはタクシーの帳場とは反対の、一層さびしい方角を指していた。第一の曲り角へ来た時、彼女は一応うしろを振返って、だれも見る人のないことを確めると、それから少し急ぎ足になって、暗い道暗い道と選って歩いて行った。
二三町も行くと、道は隅田川のさびしい堤に出た。対岸の家々の燈火が、丁度芝居の書割りの様に眺められた。真暗な広い河面には、荷足船の薄赤い提灯が、二三つ、動くともなく動いていた。
堤に出て、少し行って、だらだら坂を下ると、三囲神社の境内だった。山野夫人は坂の降り口の所で、又注意深く左右を見廻してから、神社の中へ入って行った。
だが、夫人がそれ程用心深くしていたにも拘らず、彼女は一人の尾行者を悟ることが出来なかった。彼女が邸の門を出るとから[#「出るとから」はママ]、小間使のお雪が、彼女以上の用心深さで、彼女の跡をつけていた。
三囲神社の境内は、墓場の様に静だった。堤の上の安全燈からさす光の外は、隙漏る燈火さえなかった。暗黒の中に大入道の様な句碑がニョキニョキ立並んでいた。
山野夫人は探る様にして自然石の間を縫って行った。そして、一際大きな句碑の前までたどりつくと、何かを待設ける様に立止まった。
「奥さんですか」