「エエ、心当りへ電話をかけたり、使をやったりしたのですが、今の所行方不明です。それに又、今朝は早くから警察の人達がやって来る始末でしょう。奥さん一人で大変なんです」
「警察では、何か手がかりでもついたのかい」
紋三は一々出し抜かれた様で、いい気持はしなかった。
「駄目ですよ、何も分ってやしないのです」書生ははき出す様にいった。「例の片腕の小包のことを、明智さんから通知したのでしょう。で、それを調べに来たのですよ。あのやかましい百貨店の片腕事件が、うちのお嬢さんの事件と関係があることが分ったものだから、警察でもやっと本気に騒ぎ始めたのですよ。そんな訳で、お嬢さんのなくなったことは、主人には今まで内密にしていたのが、すっかり分ってしまって、一層病気がひどくなったのです。実際滅茶滅茶です。我々にしたって夜もろくろく寐られやしない」
書生はニキビ面をしかめて、大袈裟にこぼして見せた。
紋三はそれだけ聞いてしまうと山野家を辞して、夫人の跡を追い赤坂の明智の宿に向った。彼の頭には様々の事柄がモヤモヤと渦を巻いていた。疑問の人物が一日一日ふえて行く様にも見えた。第一が例の奇怪な一寸法師、暇を取った運転手の蕗屋、昨夜の不思議な眼鏡の男、今また小間使小松の失踪、それに彼の敬愛する百合枝夫人もまた、渦中の人に相違ないのだった。
昨夜のことはまさか夢ではないのだから、いくら好意に解釈しても、夫人がこの事件でかなり重要な役割を演じていることは確だし、悪く考えれば、夫人が彼女にとっては継子である三千子を、何かの手段でなきものにしたとも疑うことが出来た。紋三は昨夜から度々この恐しい疑問にぶつかった。ぶつかる毎に思わずギョッとして、強いて外の事を考え考えして来た。
だが、万一その疑いが事実だったとしても彼は決して夫人を憎まないばかりか、寧ろ彼女と共にその罪の発覚を恐れ秘密を保つ為に努力したに相違ない。そして、この様な夫人の弱味を握ったことを彼女との間の永久の絆として、私に喜んだかも知れないのだ。彼の夫人に対する一種のあこがれは、この数日の間に、それ程までに育てられていた。随って、彼は明智の才能を恐れないではいられなかった。もし彼が首尾よく三千子殺害の犯人を発見し得たならば、そして、その犯人が外ならぬ百合枝夫人だったら、と思うと気が気でなかった。そんな意味からも彼は一度明智に逢って様子を探って置きたかった。
「併し、まさかそんなことはあるまい。もし夫人にやましいところがあれば、最初から明智なんか頼まないだろうし、昨夜の今日、彼女の方から明智を訪ねるというのも辻褄が合わない」
それを考えると少し安心が出来た。
そうした物思いに耽っている間に、電車はいつか目的の停留場に着いていた。車掌が大きな声を出さなかったら、彼はうっかり乗越しをするところだった。菊水旅館を訪ねると、直ぐに明智の部屋へ通されたが、そこには明智一人きりで目的の山野夫人の姿はなかった。