「どうだい小林君、僕が怠けていなかったしるしだよ。この品々は間もなく僕の手を離れる。僕の友人の田村検事が今度の事件の受持に極ったということだから、みんなあの男に渡してやる積りだ。これだけあれば随分調の足しになる。いや足しになるどころではない、これを十分吟味すれば、何もジタバタしなくたって、坐っていて事件の真相をつかむことが出来るかも知れない。で、僕の手を離れる前に、丁度いい機会だから君に一応見て置いてもらおう。君は今度の事件の紹介者でもあるし、君自身中々熱心な素人探偵でもある様だから、僕にしてはいわば職業上の秘密なんだけれど、特にお目にかける訳だ。その代りこの品々に対する僕の判断は一切いわない。いえないのじゃない。いうことを差控えて置くのだ。君も知っている通り、僕は事件がすっかり解決するまでは、中途半端な想像なんかしゃべらない癖なんだ」
明智はそれらの品物を愛撫する様にひねくり廻しながら、一寸奥底の知れない薄笑いを浮べていった。骨董屋の親父が古道具の値ぶみでもしている恰好だった。
「どれから始めるかな」彼はさも楽しげに見えた。「そうそうO町の家のことを話し始めていたね。君は驚いた様だが、実はこんな種があるんだよ。この破れた紙切だ。一寸読んで見給え」
それは半紙の半分程の分量の紙が、細かく切り裂かれた上に、所々焼けこげがあって、多分手紙の切れはしなのであろうが、とても完全に読むことは出来なかった。
……御依頼により埋葬仕……と小生とかの蕗屋の三人のみに有之……右につき篤と御談合申上度……郷表(一二字分不明)六三中村……御一読の上は必ず火中……
どう見直してもこれ以上は分らなかった。
「昨夕の君の行先を当たのは、この郷表うんぬんの文句からだ。六三とあるのは番地としか考えられないから、上の郷表に相当する町名は、東京中に中之郷O町の外にない。僕は早速あすこへ行って見た。そして、訳なく中村寓と表札の出た小さな門のある家を発見した。中へ入って聾の婆さんにも逢った。主人は勤め人らしいことをいっていたけれど本当かどうか分らない。中村という人物はまるで姿を見せなかったが、僕はあの家そのものについて研究した。そして色々悟る所もあった。若し僕の想像が確だとすると、この事件には実に恐しい人物が介在している。そいつの呪が事件全体を非常に複雑なものにしている。だがそいつは恐く殺人犯人ではない、犯人はもっと別の所にいるのだ。だから、真犯人が見つかるまでは、残念だけれど、その悪魔の正体をあばく訳には行かない。僕は本当の犯人を逃してしまうことを恐れているのだ」